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第八十五話 再訪

「ようこそ神無月名誉教授、それにミキ君! 待っていたよ!」

「あ、お久しぶりです」


 九月中旬、曇天の中でも輝く笑顔、高いテンション。

 ハイテンション爺こと神宮寺所長が俺達を出迎えた。

 所長が態々(わざわざ)研究所入り口まで出迎えるとは。

 この人、案外暇なのかなぁ。


「この度は無茶を言って申し訳ありません」

「遠慮しないでくれ。この程度は無茶のうちに入らない。それよりもミキ君の成長と能力について教えてもらいたくてね。中々時間は取れないのだが、他の何をさておいてもそのために時間を割くことなど造作も無いこと。それで微妙に髪の色が変わっている気がするがその理由はわかるかい? それと随分と体が大きくなっているようだが、どの程度ペースで成長したとか記録は付けているかい? あるなら是非とも貰いたいのだが。ああ、もちろん無くてもかまわない。未知という名のフロンティアへの第一歩を私が踏み出すのだからね。実に楽しみだ! それに能力について神事省からレポートは流してもらったが実際にこの目で見たいのだが構わないな? なんだ? 不安があるのか? ああ、わかったぞ。安心してくれたまえ、所内には宿泊施設もある。一年でも二年でも滞在してくれたまえ。先程も言ったが遠慮は無用だぞ!」


 あんたは少し遠慮してくれ。


「所長は少し遠慮して下さい」


 神宮寺所長の側に居た研究員がヒートアップする所長に冷水をかけた。


「む? 未だこれからなのだぞ? それに久しぶりの再会だ。積もる話もあるだろう。なぁ、神無月名誉教授?」


 だが、焼け石に水のようだ。

 未だ目を輝かせる彼のテンションは静まることを知らない。


「え、ええ。まぁ……」

「聞いたかね? 秋山君! 彼もこう言っているのだから水を注さないでもらいたい!」

「所長、来られているのは神無月名誉教授だけではありませんので」


 秋山さんがそう言うと同時に伊集院先輩のお母様、蛍さんが一歩踏み出し挨拶を始めた。


「お初にお目にかかります。私、伊集院 蛍と申します。この度はご多忙の中お時間を割いていただき汗顔の至りでございます」

「え? あ、はぁ、はい……?」


 すごいな、あの神宮寺所長のハイテンションを受けても表情が崩れていない。

 それどころか有無を言わせぬ迫力で、神宮寺所長の勢いを完全に止めてしまった。


 一方の神宮寺所長は、誰こいつと言った表情でぽかんとしている。

 事前に話はしてあったはずだが。

 この人のことだ、聞いていなかったのだろう。


 と言うか、いい加減中入りません?

 客人を外で引き止めるのはどうかと思うのですが。

 まぁ、この人に言っても無駄か……。


「さて、神無月名誉教授には少しお話したいことがありますのでこちらに。所長、くれぐれも失礼の無いようにお願いしますよ?」


 そして勢いが止まったところに秋山さんの割り込みで俺は二人と分かれる。

 研究所来訪の本当の目的であるホムンクルスとミキの姉妹について、説明を受けに別室へと移動する。


「あ、秋山君? 私も神無月名誉教授と話がしたいのだが……」

「ご安心下さい、後ほど時間がありましたらその際ご随意に。さ、神無月名誉教授、こちらへどうぞ」

「はい。神宮寺所長、義母様、では後ほど」


 後ろから引き止める声が聞こえた気がするが無視して俺は歩みを進めた。



 研究所の本館から脇に逸れ、アスファルトの道を行く。

 敷地内に林立する建物には、ところどころブルーシートが張ってあった。


「こちらです。スリッパに履き替えてくださいね」

「わかりました」


 用意されたスリッパに履き替え、建物内に入る。

 てっきりエアシャワーや殺菌用の何かしらの施設があるのかと思っていたがそうではないようだ。


「意外と言った顔されてますね?」

「ええ、まぁ。もっと厳しく管理されているものだとばかり思っていました」

「はは、前はそうだったんですけどね。ほら」


 そう言って秋山さんが指を指した先をみると、壁に穴が空いておりブルーシートが張ってあった。


「あんな大穴が開いていたんじゃ意味がないですから」

「なるほど……」


 先日の襲撃の爪痕をまじまじと見た後、俺達は無事だった部屋へと移動する。

 風通しの良い静かな廊下に五人分の足音、それにブルーシートが風に煽られる音が響いた。

 リノリウムの床を見ると、ところどころ足跡が見受けられた。

 恐らく襲撃者のそれだろう。

 綺麗に掃除されている分、その痕跡がはっきりと分かった。


「静か、ですね」

「ええ、先日の襲撃以降、開店休業状態ですよ」


 建物にもそれなりの被害があり、先日まで調査が入っていたので今日のところは職員もほとんど出勤していないらしい。

 そんな中、態々俺達に時間を割いて貰ったと思うと少し申し訳ない気がしてくる。


「なので、神無月名誉教授の訪問は渡りに船だったんですよ」

「そうですか?」


 気を使って言っているのではないだろうか。

 一瞬そう思ったが、秋山さんにそういった気配はない。


「なにせ暇でしてね。あの所長の相手を一日中する羽目になるところでした」


 ノイローゼになってしまいますよ。

 秋山さんはそう言いながら苦笑いを浮かべた。


「はは、たしかに」


 触らぬ神に祟りなし。

 あの爺さんには近づかないのがベターだが、仕事場が同じであればそうも行かない。

 秋山さんも大変だなぁ。


「ま、来週からは他の職員も出勤予定ですから多少薄まるでしょう。さ、こちらの部屋にどうぞ」

「失礼します」


 秋山さんに案内された部屋は小さな書斎のようだった。


「さて、それではまず、奪われた研究成果について説明しますね」


 奪われた研究成果。

 それは俺が提供した種子から得られたものだった。


 人工生命体、『ホムンクルス』。

 魂と肉体を変質化させ、通常では考えられない能力を発揮させる『トランスフォーム』

 魂をすり潰し、力を取り出す『ソウルバースト』。


 これらを組み合わせて使うことで、将来における労働力やエネルギー資源として使用することを想定していたらしい。


「何か心当たりは?」


 眉間にしわを寄せながら秋山さんが俺に尋ねてくる。


「ええ、まず間違いないでしょうね」


 神の従者の大規模襲撃、それを可能にしたのは間違いなくホムンクルスだろう。

 そして雫石さんの有様はトランスフォームとソウルバーストによるものだ。


 俺はその後、秋山さんに神の従者の襲撃について細かく説明していった。



「妙ですね……」


 一通り説明が終わると、秋山さんは再び眉間にしわを寄せる。


「何か変なところでもありましたか?」

「ええ、雫石さんでしたか? 一度すり潰された魂は消滅し、二度と使えないはずなのですが……。もしかしたら我々の研究成果を更に発展させているのかもしれません」


 雫石さんの襲撃は、時間を置いて二回行われた。

 秋山さん曰く、そんなに長時間力を出し続けられるはずがないらしい。


「それに元の姿とかけ離れた姿には、なれないはずなのですが」

「人の形残ってたの、最後は頭だけでしたけど……」


 一体、何をすればそうなるのか見当もつかないと秋山さんは両手を挙げる。


「関節も何もない、ゲル状の物体がそんな俊敏に動くなんて能力絡みとしか考えられないが……」


 サンプルがあれば最高だったんだけどね。

 そう言って秋山さんはため息を吐くが、雫石さんは平井先生達が燃やし尽くしちゃったしなぁ。

 まぁ無いものは無いで仕方がない。


「そう言えば、研究、進んでいたんですね?」


 全く進んでいないと聞いていたのに。

 一体何があったのだろうか。


「あー、すまないね。伝えようか迷ってはいたんだが……」


 秋山さんは言いづらそうにしながら事の顛末を語ってくれた。



「添い寝、ですか……」

「ああ、所長がな、ベッドの中に種子を持ち込んだらしいんだ」


 意味がわからないよ……。

 やはり所長は天才なのだろう。

 凡人たる俺には理解が及ばない。


「全く、神無月名誉教授といい、うちの所長といい、天才というのは我々凡人には理解できないよ」

「え?」


 いや、俺は普通の人間のカテゴリーに入っていると思うんですけど?

 秋山さん、何でそんな目を向けてくるんですか?


「いや、ドロップアイテムを植木鉢に植える発想と、ドロップアイテムと添い寝する発想。どちらが理解できるかと言えば添い寝の方だから君の方がぶっ飛んでいるかもしれないね」


 秋山さんはそう言うと、俺に爽やかな笑顔を向けてくるのだった。

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