第八十四話 縁の下の力持ち
「そうかそうか! どおりで中々精悍な顔つきをしていると思ったわ!」
「恐れ入ります……」
精悍な顔つきとか、初めて言われたわ。
親父さんは真っ昼間から酒を呷り、上機嫌に自分の膝を叩く。
饗してくれるんじゃなかったのかと愚痴りたい気持ちを抑えながら適当に話を合わせる。
「なんだ、食べてないじゃないか、遠慮せず食え!」
「はい、頂きます……」
あんたに捕まってるせいで箸を取る暇もないんだよ!
とは言え無いしなぁ。
「それで、何をして受章することになったのだ?」
「えっとですね……」
空腹を抱えたまま俺は親父さんの質問攻めに答え続けたのだった。
そんな俺をよそ目に、シス達は美味そうに舌鼓をうっていた。
ちくしょう。
「はっはっは! 気に入ったぞ! おい、灯! こいつをお前の婚約者とする! いいな?」
「はい」
「悟と言ったか? 構わんな?」
「え、ええ。元々その挨拶できたんですし」
「なんだと? ああ、そう言えばそうだったか! これからよろしく頼む!!」
そう言って親父さんは俺の背中を力いっぱいバンバンと叩くのだった。
痛えよ。
「っ! は、はい……。すみません、トイレをお借りしたいのですが」
しかしこの親父さんが政略結婚を仕込むようには思えないんだがなぁ。
「少しよろしいでしょうか」
そんなことを思いながら手を拭き、お手洗いから出ると先程の女性の使用人が俺に声をかけてきた。
「え? はぁ、何でしょうか?」
「ここでは何ですからこちらへ」
訝しみながらも使用人さんに指示されるがまま、客室へと入る。
ガチャリ
え?
今、鍵かけられた?
「あの……」
「お初にお目にかかります。私、灯の母の蛍と申します」
「え? えっ!?」
この人使用人じゃなかったの!?
言われてみれば伊集院先輩の面影があるような。
と言うか若すぎないか。
先輩の姉と言われても納得いくんですけど。
「先程は主人がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「い、いえ。お構いなく……?」
混迷を深める頭でなんとか返す。
「とりあえずお座り下さい」
「あ、はい。失礼します……」
灯から話は伺っております。
そう蛍さんは切り出してきた。
「なんでも、好いている人がいると。その方と共に歩みたい、だから神宮寺家との婚約は遠慮したいと」
「……」
「それで、悟さん。貴方は、灯をどう思っておられるのですか?」
鋭く光る眼光。
一文字に結んだ口元。
なるほど、この人が黒幕か。
「灯には、とても世話になりました。これほど背中を預けられると思える女性はそういないでしょう」
「なるほど。ふふ、聞きしに勝るとはこのことですね」
上手く受け流したかと思ったが、それもお見通しか。
だめだな。
この人相手に勝てる気がしない。
あの親父さんが当主で、良く持っていると思ったが、これなら納得だ。
「まぁいいでしょう。将来はどうあれ、今はご協力いただけるのでしょう?」
「……、ええ。もちろん」
「それはようございました。では早速お頼みしたいことがございます」
良いようにやられている。
多少のことは構わないが、どこまで踏み込んでくるやら。
まぁこの人のことだ、恐らく譲歩できるギリギリのラインを見極めて要求してくることだろう。
「あまり警戒しないでくださいませ。まだそこまで無茶をお願いするつもりはございません」
「いえいえ、そのようなことは」
『まだ』、『そこまで』ね。
安請け合いは出来ないな。
「ふふ、灯が連れてくるだけのことはありますね」
「何のことでしょう?」
いや、本当に怖い。
油断すると呑み込まれてしまいそうだ。
「確か悟さんは研究所の名誉教授でしたよね?」
「ええ、まぁ。身に余る光栄でいささか持て余し気味ではありますが」
勲章といい、名誉教授といい、元来小市民の俺にはいささか以上に重すぎるのだ。
そこに来て、今度は九頭龍だ。
本当に身が持たない。
「私共は現在、研究所関連の事業に興味を持っておりますの」
私『共』ときましたか。
やれやれ、やりづらいな。
「それで?」
「名誉教授であられる悟さんに、研究所の何方かを紹介いただければと思いまして」
「なるほど、誰でも構いませんか?」
「……、出来ればある程度権限のある方だと嬉しいのですが」
おーけー。
ある程度権限があれば良いんだな。
よし、ならばあのハイテンション爺、もとい所長を紹介してやろう。
一番の権力者だもんな、文句ないだろ。
話ができるかどうかは言ってないし。
「分かりました、それでは都合の良い日を教えてください」
「あら、意外ですわね」
「そうですか?」
「ええ、少しは逡巡、もしくは勿体付けて来られるかと思いましたのに」
まぁ普通はそうだろうな。
だが紹介先がアレだし、俺も研究所には用がある。
その隠れ蓑にも使えると判断したまでだ。
「義母様のお願いですから」
「ふふ、そうですか? いい心がけですね」
「ははは」
空虚な笑いが部屋に満ちる。
「さて、それでは予定についてはこれから調整するということで。そろそろ戻らないと主人がへそを曲げそうです」
「そうですね。では連絡、お待ちしております」
良かった。
これで終わりだ。
このストレス空間にずっといるといに穴が空いてしまいそうだったからな。
と、気を抜いたのが悪かったのだろう。
「ああ、そうそう」
「え?」
「二人共未だ高校生なのですから、健全な付き合いでお願いしますよ?」
そう言って蛍さんは一冊の雑誌を取り出し朗らかに笑う。
そして俺は見覚えのある雑誌に肝を冷やすのだった。




