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第八十三話 馬の骨? 龍ですが何か。

 放課後、校門で待っているとラインが来たので靴を履き替えて向かう。

 見ると校門に背を預け、携帯を弄っている先輩の姿があった。


 しかし、ご両親への挨拶か。

 偽りのとは言え、婚約者のそれだ。

 それも、神宮寺先輩との婚約を蹴っての。

 少し、いや、かなり緊張する。


「あ、こっちこっちー!」


 こちらの緊張をつゆ知らず。

 伊集院先輩は笑顔でこちらに向かって手を振ってくる。


「お待たせしました」

「ううん、私もいま来たところだから」


 だろうな。

 伊集院先輩は基本的に待ち合わせ時間ギリギリに来る人だし。


「でも、急な話でごめんね?」

「いえ、いつかは呼び出されるだろうとは思ってましたし」


 遅いか早いかの違いでしか無い。

 とは言え、急すぎる気がしないでもないが。


「いやー、理解のある旦那で助かるわ」

「まだ旦那じゃないですし。と言うか名前だけでしょ?」

「本当でもいいのよ?」

「はいはい」


 まったく、そう何度もからかわれると思っているのだろうか。

 甘いぜ。


「シスちゃん達もありがとね」

「いえ、伊集院先輩のお願いですし」

「お昼期待しとるで!」

「まぁ、ボクも無関係じゃないみたいだしね」


 ん?

 なんかニュアンスがおかしいような?


「なぁ、シス」

「うん?」

「この話、お前いつ聞いた?」

「うっ……」


 なるほど。

 今日弁当を用意しなかったのも。

 昨日急に俺の髪を切るとか言い出したのも。

 先に根回しされていたわけか。


「伊集院先輩、一応シスは俺の精霊なんで」

「あー、そうだったわね。ごめんごめん」

「ちょ、ちょっとしたサプライズのつもりだったの!」


 驚きすぎて心臓止まるかと思ったわ。

 自分の指を絡めながらもじもじしたって無駄だ。

 後で頭ぐりぐりの刑に処してやる。


「まぁまぁ、そう怒らないであげてよ。ね?」

「はぁ、まぁ過ぎたことは仕方ないですし」


 明日からどういう顔して教室に入れば良いのか分からないが、明日は明日の俺に任せる。


「そうそう。あ、あと神無月君のことはこれから悟さんって呼ぶから」

「えっ!?」

「私のことは(あかり)って呼んでね」

「そ、それは……」


 そ、そうか。

 婚約者だもんな。


 名字で呼ぶのは変だし、相手の家では下の名前で呼ぶのが当然だ。


 しかし、下の名前で呼び合うとか、恋人みたいじゃないか。

 いや、婚約者だからそれ以上ではあるのだけれど。


 そう思うと、今更ながら急に伊集院先輩のことを意識しだしてしまう。


「はい、それじゃりぴーとあふたみー。灯」

「あ、アカリ……、さん……」


 やばい、顔から火吹きそう。


「えーっと、そんなに照れられるとこっちまで恥ずかしくなってくるんだけど……」

「スミマセン……」


 伊集院先輩の顔をまともに見れない。

 でも苦笑いしている雰囲気がひしひしと伝わってくる。


 ちくしょう、照れ死にしそうなんですけど!?


「それから、一応呼び捨てでお願い。はい、それじゃもう一度。灯」

「あかり」

「うーん、硬いわね。もう一度」


 もう勘弁して!?


「悟さん、ダメですよ。頑張って、ね?」

「っ!?」


 ちょっ!?

 破壊力高すぎんぞマジで!!

 伊集院先輩の声で、下の名前で呼ばれて、敬語使われるとか!


「悟ー、のっている所悪いんだけど迎え来たみたいよ」


 シスが何かを言っているが、耳がキーンと鳴っていてよく聞き取れない。


「あ、ほんとだ。悟さん、行きますよ?」

「ひゃいっ」


 手を引かれ、迎えのリムジンへと向かう。

 伊集院先輩に触れた手が熱い。

 足取りはふわふわとしており、熱に浮かされているかのようだ。


 あかん、テンパってるのが自分でもわかる。

 さっきまでだるいなーくらいに思っていたのに。

 急に自覚した所為で心がついていかない。


「ちょっとまずったかしら……」

「あー、隣の席譲りますから、お家に着くまで練習しましょう」

「ますたー、情けないなぁ」

「でもこういうパパも新鮮でいいかも」


 やかましい。


「でも、わかるわね。私もこんな神無月君、違った。悟さん見たの初めてですし、少し新鮮です」


 あばばば。

 もうこれくらいにしておいて欲しいんですけど。


 そんな俺の思いとは裏腹に、車内では延々と名前を呼び合う練習をするのだった。

 後で知った話だが、運転手さんも気を使ってくれたらしく、本来三十分程度で到着する道を一時間くらい掛けてくれたらしい。

 おかげでなんとか自然に名前を呼ぶことは出来るようになったと思う。


「つまらないの」


 伊集院先輩、俺、結構必死だったんですけどねぇ……。


 大きな門を抜けると、その門の大きさに見合った巨大な屋敷が目に飛び込んでくる。

 これが伊集院先輩の実家か。

 リムジンが玄関前に停車すると、直ぐに執事服というのだろうか、そういう服を着た人がドアを開けてくれた。


「ふふ、それじゃ行きますか。悟さん?」

「はい……。灯……」


 彼女と並び、玄関へと向かう。

 一度落ち着いたはずの心臓の鼓動が再び高鳴る。


「どこの馬の骨だ!!」


 しかし、敷居を跨いだ(またいだ)直後に聞こえた怒号がかえって俺の心を落ち着かせてくれた。


「お父様!?」

「灯、そいつがお前の言っていたやつだな!?」

「そ、そうですけど……」


 仁王立ちする和服を着込んだ御仁。

 この人が伊集院先輩の親父さんか。

 姿といい、佇まいといい、似ても似つかないな。


「お前のようなどこの馬の骨とも分からぬ男に、うちの灯はやれん! とっとと帰れ!!」


 おおぅ。

 なんというか、古い人だなぁ。

 どこの馬の骨とか、今日日聞かないでしょうよ。


「そもそも、いつ挨拶に来るのかと待ってみればいつまで経っても来ず。呼ばれるまでこないとは、どういう了見だ!!」

「それは申し訳なく……」

「挙句、他にも女を連れてくるとは! うちの灯を弄び(もてあそび)よったな!?」

「これには理由が……」


 なんか言ってることに筋が通っていて、反発しづらい。

 確かにその通りですとしか、返す言葉がないわ。

 聞いていた感じだともっとアレな感じかと思ったんだけど。

 意外と良識人なのだろうか。


「おい! 儂の剣を持て! コヤツを叩き斬ってくれる!!」


 え?

 なんでそうなるの?


「お父様!?」

「灯は黙っておれ! おいそこの馬の骨! 灯が欲しいなら力づくで奪ってみせよ!!」

「ええ……」


 使用人と思われる女性から日本刀を受け取ると、親父さんは鞘から抜刀、そのまま斬りかかってきた。


 野生の親父が現れた!


 コマンド?


 いや、これ戦う以外選択しないでしょ。

 逃げようにも逃げられる気がしないし。


 ギンッ!


 システムウィンドウを展開し、斬撃を防ぐ。


「なに!? 面妖な!!」


 だが、そのがたいに似合わず俊敏な動きで回り込んでこようとする。

 が、神宮寺先輩のほうがずっと速い。

 俺は慌てず親父さんの移動に合わせてシステムウィンドウを移動させていく。

 多数の斬撃が放たれるが、全て余裕を持って防ぎきる。


「はぁっ、はぁっ……、卑怯だぞ! 正々堂々勝負しろ!!」

「そうは言われましても……」


 確かに相手は非能力者だし、一理あるような発言ではあるのだが。

 しかしながらその右手に持った日本刀が説得力を真っ二つにしてくれていた。


「お父様、もう良いでしょう?」

「女は黙っておれ! これは漢の意地がかかっとるんだ!」


 えー。

 伊集院先輩がかかってるんじゃなかったんですかー。

 まぁ大体わかった。


 親父さん、悪い人ではないんだろうけどとても短絡的な人だ。

 それにプライドも高い。

 そりゃ家も傾くわ。


「どこの馬の骨かも分からぬ下郎に破れたとあっては伊集院家、末代までの恥! 必ず討ち取ってくれる!!」


 このままだと貴方が末代になりそうな気がするんですけどねぇ……。

 血走った目で息巻く親父さんを見ると伊集院先輩の苦労がよく分かる。

 伊集院先輩が出奔しちゃったらどうするつもりなんだろうか。


「お父様、馬の骨、馬の骨とおっしゃりますが、悟さんは剣付き旭日章を授与されております」

「……、何……?」


 伊集院先輩の言葉で親父さんの動きが固まる。


「それは、事実か?」

「それに、研究所の名誉教授でもあります」

「……」


 疑わしそうに伊集院先輩を見つめるが、少し調べればわかることだ。

 いや、調べなくても知っていてもおかしくないはずなんだけどね。


「最後に、先日九頭龍となられました」

「何故それを言わん!!」

「……、申し訳ありません……」


 頭を下げる伊集院先輩の表情は読み取れないが、恐らく不満たらたらだろう。

 神宮寺先輩とセットではあるものの、俺が九頭龍と言うのは少し新聞やテレビを見ていれば誰でも知っていることだ。

 特に地域レベルでは連日報道されていたこともあって知らないでいることのほうが難しいだろうに。


「それならば話は別だ! そうか! 龍か! おい! 何をしている! 客人を持て成す支度をせい!!」

「はい」


 親父さんは横に居た女性にそう言うと、俺達を置いて家の中へ引っ込んでいったのだった。


「ごめんね? アレが私のお父さんなんだけど、どうかな?」

「あー、なんというか嵐のような人ですね?」


 とてもコメントに困る。

 流石に先輩の前で貶める(おとしめる)わけにも行かないし。


「昨日神無月君の事を教えておいたんだけど、聞く気なかったみたいでさ……」

「ああ……」


 そういう人ってたまにいるよね。

 このまま回れ右としたいところだが、持て成す気満々っぽいし。

 それを無下にしたらまた噴火しそうだ。

 そしてその矛先は伊集院先輩へと考えると饗され(もてなされ)ざるをえないだろう。


「はぁ。ま、ともかく上がってくださいな」

「お邪魔します……」


 俺は重い足取りを引きずりながら伊集院家の玄関をくぐるのだった。

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