第七十九話 脇道にそれて
バスのステップを降りると、そこは草原だった。
いや、駐車場だった。
駐車場の向こう側にはキャンプ場の管理施設、そして草原が広がっている。
風が草原を駆け抜けてくる。
しかし残念ながらここは駐車場。
排気ガスの匂いの所為で空気が美味しいとは思えなかった。
「んーっ。ずっと座ってたからお尻がごわごわになっちゃった。あ、見て、すごい雲!」
「おー」
シスの言葉に青空を見上げれば、夏らしく入道雲が見えた。
天気予報では今週一週間は晴れるとのことだったが、山の天気はあてにならない。
気をつけておかないとな。
「おー、綺麗……」
「中々壮観な景色だな!」
佐倉と寺門が俺達に続いて降りてくる。
見ると手で目元に影を作り、眩しそうにしていた。
「お昼はお弁当なんだよね? お腹へっちゃった」
「あそこの施設に準備されているらしいですよ。楽しみですね」
続いて伊集院先輩と綾小路が事前に配られた冊子を見ながら施設を指差す。
こういう所で食べる弁当の味は格別だよな。
楽しみだ。
「はい、皆いますね? 班長は班員を確認して下さい」
「「「「はーい!」」」」
水島先生が点呼をしている間、俺達はこの後の予定を軽く打ち合わせる。
昼食後はテント組み立てを行い、その後はキャンプファイヤーの準備と晩御飯の支度だ。
俺達だけならすぐに終わるだろうが、俺達は基本的に手を出さないことになっている。
そうじゃないと経験にならないしね。
適当に組んだテントが夜倒れるというのも思い出の一幕になるだろう。
「それでは並んで、行儀よく移動しますよー」
駐車場なのでクルマに注意するようにと言いながら水島先生が先頭を行く。
各班並んで歩く姿はなかなか微笑ましいものだ。
一人遅れたりするのもご愛嬌ってもんだよな。
っと、俺達も行かないと。
引率しに来て置いてけぼりとか笑えない。
昼食後、ストレージから取り出したテント等を各班に支給。
組み立て方を教えた後、各自割り当てられた所にテントを建てさせる。
俺も久しぶりだったが、事前に予習しておいたおかげでなんとか無事建てることが出来た。
子供達の前で無様な姿を晒さずに済んでよかった。
「これ、どうやるんですか?」
「ああ、これはな、あっちをひっぱって、そう、上手い上手い」
「これはー?」
「えっと、先に杭を打ち付けてからだ」
各班を回りながら指導していく。
先生と言われたりお兄さんと言われたり、照れくさいな。
特に女子グループからの熱い視線には少し困惑してしまう。
「九頭龍ってやっぱり凄いんですね!」
いや、それは関係ないと思うぞ。
ダンジョン探索は基本的に夜営とかしないし。
でも、そう言われるのは悪くない。
どれ、少し能力を見せてやるか。
俺は一歩踏み出すと手を前にかざす。
「システムウィンドウオープン」
俺の言葉に合わせてシステムウィンドウが展開。
そして展開した青白く輝くシステムウィンドウを変形させる。
「わっ、それ、能力ですよね?」
「ああ、システムウィンドウって言う能力だ。見てな」
システムウィンドウを操り、杭を打ったりロープを張ったりしてみせた。
きっと尊敬の眼差しが向けられているだろうとちらりと後ろを見る。
「えーっと……」
「あれ?」
ん? なんか思っていた反応と違う?
こう、拍手喝采的なのを期待していたのだが。
「凄い、んですよね。たぶん……」
「えっと、システムウィンドウってそういう能力なんですか?」
「なんっていうか、コレジャナイ感が……」
あっ。
しまった、つい普段便利使いしてるからついやってしまったが。
そうだよな、この子達、テレビで九頭龍戦を見てたんだもんな。
やばい、夢を壊してしまったかも……。
俺が焦っていると地面から急に木が生えて草原に影を落とした。
「おおお!?」
「すごい!!」
「あっという間に木が生えてきた!? しかも梨が実ってる!?」
さっきまでの微妙な雰囲気が一気に塗り替えられる。
ミキ、ナイスフォロー!
「なーなー。君ら、ちょっち手、出しといてくれへん?」
「え? う、うん?」
「ほないくで。疾っ!」
更にリコの掛け声と同時に茶色い線が空を舞ったと思うと、梨が木の枝から離れ、子供達の掌の上へと落ちる。
ついでに俺の頭上にも。
「すごっ!?」
「まって! これ!」
「うわっ!?」
さらに手の上に落ちた梨は、綺麗に八等分されていた。
貴女、五右衛門か何かですか。
「武道を極めればこの程度わけないんやで!」
絶対違うと思います。
俺の呟きは歓声に塗りつぶされるのだった。
盛り上がっている中、一人黙々とテント設営に精を出していた子に梨を持っていく。
「ほら、君も一つどうだ?」
「……、要りません。それより早くテント建てましょうよ」
むぅ。
確かこの子、さっき一人遅れていた子だよな。
ハブられているのだろうか。
まぁ、難しい年頃だしあまり構うのも良くないかな。
途中脱線しながらも二時間後にはテント村は完成していた。
そして各テントの横には日陰になる木が。
……、後で撤去しなきゃな。
テント設営後、キャンプファイヤーとバーベキュー、そしてドラム缶風呂と順調にスケジュールをこなし、日は暮れていった。
天体観測後、就寝の時間となり皆、自分のテントへと引っ込んでいく。
そんな中、一人の少女が木に背中を預け立っていた。
「よう、さっきぶり。こんな所でどうした?」
「別に……」
友達と喧嘩でもしたのだろうか。
テントの中では何やら盛り上がっているようだが。
「……、皆馬鹿ばっかりで、本当に下らない。皆遊び気分なんだから……」
「んー?」
「お兄さんもそう思いませんか? 明日はダンジョン探索ですよ? それなのに緊張感がないというか」
なんともまぁ答えづらい質問を。
なんと言うか、ダンジョンと言うものを随分と重く受け止めているようだ。
ダンジョン探索と言っても、あくまでさわりだけ。
こういう物だというのを知ってもらうだけなのだが。
九頭龍なら、さぞ馬鹿に見えるだろう。
そう言った思いが透けて見える。
さてどう答えるか。
「んー。まぁ、そうだな」
「ですよね!」
我が意を得たりとばかりに、俺を見つめて凄惨な微笑みを浮かべてくる。
随分とまぁ濁った瞳ですこと。
「馬鹿で下らない、ね。まさに俺のことだな」
「っ!? ……、九頭龍の称号を持っててそれを言うんですか?」
「持ってるから、かな」
あの場所に立てたのは、そして九頭龍の称号を貰えたのは、俺の力だけではない。
神宮寺先輩や水島先生、そして平沢達仲間の強力があってのことだ。
「俺は君達が思っているような、尊敬の眼差しを受けるような人間じゃないよ」
「でも……」
「沢山の人の手助けがあって、あの場所に立てた。戦えたんだ」
理解できない。
そう言って彼女は目を伏せる。
「えっと、名前はなんて言ったかな?」
「……、佐々木。佐々木 加奈多です」
「加奈多ちゃんか。いい名前だね」
「……、ナンパはお断りです。誰にでも言ってるでしょ、それ」
どうしてその発想が出る。
ませてるなぁ。
そんなことを思いながら、ジト目で睨みつけてくる加奈多ちゃんの目を見返す。
「いや、誰にでも言ってるわけじゃないよ?」
「ふふ……、そうは思えないですけどね」
「本当なんだけどなぁ」
漸く笑ってくれたが、これからどうしたら良いんだろう。
説教した所で聞くはずもなし。
「まぁあれだ。一人出できることには限界がある」
「……」
「相手が馬鹿だと思うなら、そして自分が頭がいいと思うなら。相手を上手く掌の上で転がせ」
その場しのぎではあるけど、このままいじめとかなっても嫌だし。
とりあえずの解としてそんなことを言ってみる。
「え?」
「それが出来ないなら、人を馬鹿にする資格なんて無いよ」
「それは……」
「自分を抑えて、相手を持ち上げ、笑顔の後ろに本音を隠すんだ」
「そんなこと、普通教えますか?」
苦笑い、そしてため息。
まぁ、俺もなんてことを子供に教えているんだと思わないでもないんだけどさ。
「君に必要なことだと思っただけだよ」
「でも、もうやり直すのは難しいと思う……」
もう関係は修復不可能だと加奈多ちゃんは呟いた。
だが俺はそうは思わない。
言っては悪いが、所詮は子供のそれだ。
ほんの少しのきっかけで、やり直しはきくはず。
「でも、少し気が楽になりました。ありがとうございます」
「ん、それなら良かった」
そう言って俺は彼女の頭を軽く撫でてやる。
「子供扱いしないで下さい……」
「おっと、失礼、レディ?」
「もぅ! もう寝ます。おやすみなさい!」
彼女は怒ったように肩を震わせ、後ろを向くと自分のテントへと向かっていった。
さてと、明日の動きを少し考えないとな。
少しめんどくさいが、これも子供達のためだ。
俺は一つ溜息をつくと自分のテントへと足を向けた。