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第七十五話 夏祭り

ピロン


「ん、誰からだ?」


 お盆も近づいたある日。

 部屋のベッドでうとうとしていた俺の携帯からラインメッセージを知らせる音がなる。

 枕元においておいたスマホを手探りで取り、メッセージを確認すると夏祭りの集合場所と時間の連絡だった。


「そういえば今日だったっけ」


 すっかり忘れていたが、前から一緒に行く約束をしていたんだよな。

 連絡がなかったらすっぽかしていたかもしれない。

 危ない危ない。


「了解っと」


 参加すると返してから時計を見ると、集合時間まで残り二時間と言ったところだった。

 まだ少しあるけど、シス達は準備もあるだろうし早めに声をかけておくか。


「シスー?」


 起き上がって室内を見渡すが誰もいない。

 珍しいこともあるものだ。

 いや、そうでもないか。

 当初ベッタリとくっついていたものの、最近は俺から離れていることも多い。


 ふと倦怠期と言う言葉が頭によぎる。

 いや、相手は精霊だぞ。

 ないない。


「しかし参ったな」


 シス達にメッセージを送るも未読のままだ。

 あと少し待ってみて連絡がつかないようなら、綾小路達に遅れると連絡しよう。


 ガチャリ


 そう思っていると入り口の扉が開く音が聞こえてきた。


「シス?」

「へっへー、どう?」

「じゃーん!」

「パパ、似合ってるかな?」


 お、おぅ?

 蒼、橙、緑の着物を着た少女達が部屋へと入ってくる。


「それ、浴衣か?」

「そうだよー、手作りなんだよ。凄いでしょ?」


 手作りって。

 浴衣ってそんな簡単に作れるものなのか?


「伊集院先輩に教えてもらっていてね」

「うちもちょっと手伝ったんやで!」


 なるほど、最近姿があまり見えないと思っていたら、伊集院先輩に縫い物を教えてもらっていたのか。

 後でお礼言っておかないとな。

 それはともかくとして。


「いや、驚いた。凄い似合ってるよ」

「でしょー?」


 それぞれイメージに合った布地に、花の模様があしらわれた浴衣。

 それが踊る姿は、見ていて気持ちが良いものだ。


 素直な感想をシス達に伝える。

 ひらひらと揺れる袖に思わず目を取られてしまうな。


「悟のも作ったからね」

「え? 俺のもか?」


 男の浴衣とか誰得だよ。

 むしろ面倒くさいというか。


「うち、もっと明るい色のほうがますたーには似合う思ったんやけどなぁ」

「まだ言ってるのかい? パパは落ち着いた色の方が良いって決まったじゃないか」

「せやけどー」

「喧嘩しないの。悟、もすぐ出発だから早く着替えよっ」

「お、おぅ」


 あまり乗り気ではなかったのだが勢いに押され、俺も浴衣で夏祭りに行くことになったのだった。



 下足に履き替えて寮のロビーを抜ける。

 てっきり下駄を履くものだと思っていたが、彼女達の足元はサンダルだった。


「下駄じゃないんだな」

「ん、そだね。下駄は履きなれないし」

「こっちのが動きやすいやん?」

「パパ、最近だとこういうコーデもありらしいよ」

「ほー」


 伊集院先輩の部屋の雑誌に書いてあったらしい。

 女子の読む雑誌って結構過激なことが書いてあるって聞くから少し怖い。

 シス達が変な知識を仕入れていなければいいんだけど。


「うわっ……」

「流石に暑いね」

「シスー、システムウィンドウで仰いでや」

「ちょっとこれは辛いかもしれないね……」


 寮を一歩踏み出すとむわっとした空気が俺達を出迎えてくれた。

 寮の中は廊下まで冷房が効いているから気がつかないが、やはり今日も猛暑だったのだろう。

 うん、引きこもり過ぎだな。

 もう少し外に出るようにしよう。


「あ、ちょっと待ってて」


 そう言ってシスは寮に戻っていった。

 忘れ物だろうか?

 何となくその後姿を目で追うと、シスが寮に入った直後、何故か扉や窓がガタガタと音を立てる。

 そして音が収まると、シスはすぐに戻ってきた。


「どうしたんだ?」

「ううん、ちょっと試したいことを思いついてさ」


 シスはそう言うと、システムウィンドウを俺達を囲うように展開。

 密閉した空間を作り出す。


「こうして、こうっと」

「おお?」


 そしてシステムウィンドウから冷たい空気が流れ出て、囲いの中を満たした。

 恐らく寮の冷たい空気をストレージの中に詰め込んできたのだろう。


「これは良いな。ん?」


 ってことは寮の中は今、ものすごく暑くなっているのでは……。

 あのガタガタって音、たぶん外の空気が寮の中に吸い込まれた音だよね?


「と、とりあえず行こう」

「え、うん?」


 バレる前にその場を去るべく、俺はシステムウィンドウを操作し空へと飛び立った。



「確かこの辺だったよな」

「そうね。モスドの前のアヒル噴水だからここで良いはずだよ」


 待ち合わせの時間まで後十分。

 俺達はドーナツの匂いが漂う広場のベンチに座っていた。

 普段ならドーナツを所望するリコも、今日ばかりは要求してこない。

 この後待ち構えている屋台のため、腹を空かせておく算段のようだ。


 まぁいいけどね。

 ここの所皆よく頑張ってくれていたし。

 その分の報酬ってわけじゃないけどさ。


「あ、居た居た」


 見ると浴衣を着た綾小路達が小走りにこちらに向かってくるところだった。

 おおー……。

 何がとは言わないが、良いものだな。

 うん。


「待った?」

「いや、いま来たとこだ」


 俺達は立ち上がると気にするなと返す。

 ほんとうについ先程来たばかりだしね。


「そっか、よかったー」


 これだけ聞くと恋人の会話に聞こえるが、居るのは綾小路だけではない。

 ついっと横を見やると同じく浴衣に身を包んだ佐倉と寺門がミキ達と談笑していた。


「ミキも浴衣なんだね……」

「ああ、神宮寺先輩に教えてもらってね。手作りなんだ」

「ほお、なかなかやるではないか」

「うちのが一番かわええやろ?」

「そうだな、フリルが似合っているぞ。私達には少し厳しいが」


 おりじなりてぃーを追求したんやと、のたまうリコの浴衣はシス達のものとは少し毛色の違うものだ。

 まぁ、これはこれで可愛いよな。


「ありゃ、私が最後かな?」

「伊集院先輩」

「んーんー、浴衣、似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます?」


 少し遅れてやって来た伊集院先輩が俺を見ながらニヤニヤと笑う。

 なんか変なところでもあったのだろうか。


「ふふー、神無月君のことだからもしかしたら浴衣着てこないかもなーって思ってたんだけど」

「いや、せっかく作ってもらったので」


 近づいてきて俺の胸を指で突く伊集院先輩は黄色の下地に朝顔の模様で伊集院先輩らしい浴衣っだった。

 シス達の浴衣の生地と模様を決めたのも伊集院先輩らしいし、ほんと、センス良いよなぁ。


「そかそかー。頑張ったかいがあったってものね」

「そう言えば、浴衣、ありがとうございました」

「ううん、私の分のついでだから。私も目の保養になったしね」


 そう言ってウィンクを飛ばしすっと離れていく。

 少しだけ後ろ髪惹かれる思いを胸に抱くのは仕方のないことだと思う。

 だからシス、腕の力を緩めてくれないだろうか。


「それじゃ行こっか」

「……、おぅ」


 夕日に照らされる女の子六人に男一人。

 少し浮いている気がしないでもない。

 まぁそのうち三人は精霊なのだけど。


 平沢達も呼べばよかったと思うが、後悔先に立たずであった。

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