第七十三話 リコの猛特訓
「ますたー……、うち、存在感薄いんかなぁ……?」
「ん? 何だよ急に」
九頭龍戦が終わって一週間。
精魂疲れ果て、部屋でゴロゴロしていた俺にリコがよくわからないことを言ってきた。
「あんな、さっきロビーで生徒が話してたんやけど……」
リコ曰く、ロビーで九頭龍戦の話題で盛り上がっている生徒がいたらしい。
その会話の中でシスとミキは目立っていたけどリコは影が薄くて可哀想だねと言われていたそうだ。
「うちもシス達みたいにますたーの役に立ちたいねん……」
「いや、十分役に立っていると思うけど」
たしかに能力的に戦闘向きではないし、目立った活躍はないが地味に役にはたっているのだ。
ただ周りから見ると派手な動きがないから、そう見えてしまうのも仕方がない。
しかし狐耳を垂らし、尻尾も悲しげに揺らしているリコを見ると無下にも出来ないか。
「あー、それじゃ、水島先生に格闘術でも習ってみるか?」
「ええんか!?」
神宮寺先輩の精霊も戦闘に参加したりしてるし、ありだよね?
たぶん。
「まぁ、頼むだけはしてみるよ」
「うちもこれでますたーの役に立てる様になるんや……、うれしいわぁ……」
耳と尻尾をピンッと立て、目を潤ませて言われると罪悪感を感じてしまう。
そこまで思い詰めていたのか。
全然気が付かなかった。
これではマスター失格だな……。
「シスとミキをギャフンと言わせてやるんや!」
あ、うん。
なんか罪悪感を感じて損した気が。
「まぁ、がんばってくれ」
「まかしとき!」
「それじゃ行くか」
ベッドから起き上がると制服に着替える。
シスとミキは伊集院先輩の所に行っているけど、来るかな。
一応ラインでリコと学校に行ってくるとだけ伝えたが。
ぴろりんっ
すぐさま『行ってらっしゃい』とだけ返信が届く。
シス達は来ないってことね。
都合良かったかな?
リコもシス達を驚かせたいみたいだし。
「ほないくでっ!」
リコにせっつかれながら俺は学校へと向かった。
夏休みの学校には部活で来てる生徒以外はほとんど誰もいない。
そして今日は部活も休みのところが多いらしく少し不思議な雰囲気だ。
昇降口から上がり、静かな校舎内を歩く。
換気があまりされていないのか、少しムワっとした空気が廊下には漂っていた。
「失礼します」
「お邪魔するで!」
職員室の扉を開くと涼やかな空気、そしてカタカタと言う音が廊下へと溢れ出す。
「早く閉めてー……」
その涼やかな空気とは対象的に、心底だるそうな水島先生が俺達に声をかけてくる。
声のした方向を見ると、今にも死にそうな雰囲気を醸し出しながら、脇目も振らずパソコンに何かを打ち込んでいた。
普段は綺麗に整っているツインテールも、今日は乱れている。
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないわよ……。なんで皆夏休みなのに私だけ仕事なの……」
周囲を見渡すと他の教師は居なかった。
そう言えば今日は土曜日だったっけ。
夏休みだと曜日の感覚がなくなってしまうんだよな。
「うう、書類が憎い……」
「なんでそんなことになってるんです?」
「……、聞いてくれる……?」
思わず聞いてしまったが、こちらを見た水島先生の目を見て聞くんじゃなかったと一瞬後悔する。
なんせ酷い充血っぷりだったのだ。
水島先生曰く、九頭龍戦関連で仕事が元々滞っており、更には引率のレポートや襲撃関連の報告書等が重なりパンクしてしまったらしい。
「それで、一体何の用? 平井、先生はいないわよ?」
「あー、いえ、その……」
流石にこの姿を見てリコに稽古をつけてくれとは言い出しにくい。
忙しいのに更に時間割いてくれだなんて、な。
「水島センセ、うちに稽古つけてくれへん?」
だがうちの子には関係がないようです。
まぁ予想はしてたけど。
「稽古? リコちゃんに?」
「ええ、まぁ。でも忙しそうですから……」
「ふーん……、良いわよ」
「え?」
これだけ忙しそうにしているのに大丈夫なのだろうか。
「ま、私もストレス発散したかったしね」
「はぁ」
えーっと、それは体を動かすって意味ですよね?
決してリコをボコってって意味合いじゃないですよね?
以前手合わせした時のことを思い出す。
……、あかん。
この人、ストレス解消にリコをボコる気満々だ。
「あー、いや、やめときますよ」
「遠慮しないで?」
「せや! ますたーは黙っててや!」
おいリコよ。
その言葉、絶対後悔するからな?
「知らんぞ……」
「今日はちょっと無理だけど、明日から夜六時くらいに来てくれれば軽く〆て、じゃない、指導してあげるわ」
「頼むで!」
この人〆てって言ったよね!?
……、リコ。
骨は拾ってやる……。
その日から、リコは水島先生の元に通うようになった。
あまり見ないで欲しいと言うので極力見には行かなかったのだが、それでも心配だったので時折遠くから覗いていたのだが……。
滝に打たれていたり、うさぎ跳びで校庭を走っていたり、タイヤを引っ張っていたりと、いつの時代ですかと言いたくなるような訓練をしていた。
高笑いする水島先生と一心不乱に訓練をするリコ。
何度止めようと思ったことか。
だが、効果はあったのだろう。
一週間後には意識を保ったまま帰宅できるようになっていた。
一回、バネ付きスーツもどきを着込んで帰ってきた時は絶句したが。
笑顔というよりスマイルを浮かべるリコに掛ける言葉が見つからなかったよ。




