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第七十一話 事情聴取

「さて、事情聴取と行こうか」

「お手柔らかにお願いします」


 結界内に閉じ込められたこと。

 多数の襲撃者を仲間と協力して撃退したこと。

 襲撃者は紫のマーカーでマップ上に表示されたこと。


 平井先生がノックアウトされた後、からの流れをざっくりと説明していく。


「なるほど、そんなことがあったのか」


 平井先生は頷きながら、手に持ったクリップボード上でペンを走らせる。


「後はシステムウィンドウに乗って逃げ回ってたくらいですね」

「よく逃げられたものだな」


 百人を超える襲撃者相手に少数精鋭とは言え、誰一人負傷者を出すことなく逃げ切った。

 基本的に守りと逃げに徹していたとは言え、普通考えられないだろう。


「運が良かったのでしょう」

「運、ね」


 平井先生の視線が俺の胸元へと向かう。


「なんや?」

「いや、なんでも」


 リコは特に気にする様子もなく、どこからか取り出した漫画を読んでいた。

 お菓子はもういらないらしい。


 平井先生は肩をすくめると続ける。


「それで一昨日の襲撃は?」

「あー、あれはですね。ホテルの人がバスを呼んでくれたんですけど……」


 そのまま事情聴取は昼まで続いた。


 ボーン、ボーン、ボーン……

 どこからともなく時を知らせる音が聞こえる。


「あー、もう昼か。カツ丼食うか?」

「定番ですね」


 おしゃれなソファーに綺麗なテーブル。

 雰囲気は合わないけど、事情聴取と言えばカツ丼だよね。


「奢りじゃないけどな」

「えー」


 それくらい奢ってくれてもと少し思ってしまう。

 平井先生、高給取りなんでしょ?


「そういうの、禁止されてるんだよ。あれはテレビの中にしか無い古き良き時代ってやつだな」

「そういうもんですか」


 平井先生に食堂まで案内してもらう。


「本当はダメなんだろうが、別にダメとは言われてないからな」

「不良職員ですか」

「臨機応変と言え。それに神無月なら大丈夫だろう」


 部屋まで運んでもらうと別途料金が取られるそうだ。

 微妙に渋い。



 食堂は学校と同じく食券制らしい。

 しかし安いな。

 定食と丼物が三百円、カレーや麺類は二百円とは。

 小鉢やデザートも二つで五十円と言うのは嬉しいな。


 あれか、これが福利厚生とかいうやつなのかね。

 公務員っていいなぁ。


「カツ丼無いですね」

「ああ、今日の丼物は中華丼みたいだな」


 少し残念に思いながら券売機にお金を入れる。

 四人分の食券を手に列に並び、順番を待つ。


 しかし視線が気になるな。

 はっきりとこちらを見ているわけではないが、明らかに俺達を警戒している人がいる。

 それも複数。


 平井先生が俺達を食堂に連れ出したのは恐らくこれが目的だろう。

 普段の行動を見せて人となりを知ってもらおうってことなのかな。


「あー、あまり殺気立たないでもらいたいんだが」

「すみません、つい」


 ここの所、神経が過敏になっているのは自覚している。

 仕方ないよな。

 こう何度も襲撃されては、ね。


「あの席でいいんですかね?」

「……、ああ」


 不自然に空いてる席に向かい腰を下ろす。

 もうちょっと上手くやってもらわないと俺も困るんだけど。

 そんなことを思いながら中華丼をかきこむ。

 うん、美味い。


「すまんな、本省の人間は現場慣れしてないんだ」

「まぁ、わかりますけどね」


 エリートとは言え、所詮机上の人間なのだろう。

 管理者の足りない所は現場がフォローする、典型的な日本の組織だな。


「熱っ、熱すぎるでこれ……」

「あー、貸してみ」


 リコは猫舌なんだよなぁ。

 そう思いながら俺はスプーンに乗せた中華丼へ息を吹きかけ冷まし、リコの口へと運んだ。

 自分も食べながらだから結構忙しい。

 シスが作る時はこういうことはないのだが。



 食後、再び部屋に戻ると事情聴取が始まる。


「まぁ午前中で聞きたいことはだいたい聞けた。それよりも神無月、聞きたいことがあるんじゃないのか?」

「そう、ですね」


 雫石さんの変貌、そして大量の襲撃者達。

 一体何があったのか、気にはなるが。


「でも聞いて良いんですか?」

「そうだな、一般人には教えてはならないだろう」


 だが、と平井先生は続ける。


「神無月は勲章持ちで九頭龍だ。それに研究所の名誉教授でもある。これらを鑑みると教えれる事も多少ある」

「聞くと面倒くさいことに巻き込まれそうな気がするのは気のせいですかね」


 これ以上のトラブルは避けたい。

 俺は平穏な高校生活、そして冒険者への切符が欲しいだけなのだし。


「もう今さらだろう? とっくに巻き込まれているさ」

「笑えないですよ……」

「神は自ら助くものを助ける。運命と思って諦めるんだな」


 平井先生は笑うが、俺はため息しか出なかった。


 死ぬか生きるかの選択肢が続く運命なんて勘弁願いたい。

 そんな殺伐とした高校生活があって良いのだろうか。

 精神を成長させるこの大事な時期に鉄火場ずっといたら歪んで成長すると思うんですよ。


 もう手遅れな気がしないでもないけど。


「それじゃ、まずは大量の襲撃者達について教えてもらいたいのですが」


 神の従者はそこまで大きな組織ではなかったはずだ。

 だからこそ、構成員がなかなか捕まらず対処に苦慮していたのだし。

 それがあれだけの大量の人員を急に用意するなんて不可能に思えるのだ。


「早速だな。あれは、人間ではない」

「はい?」

「研究所の成果である、人造生命体、所謂(いわゆる)ホムンクルスというやつだ」


 先月、研究所が襲われた際に奪われた研究成果の一つだそうだ。

 そう言えば新聞に書いてあった気がする。

 ああ、脱走した犯罪者ってもしかして雫石さんのことだったのか?


「そう言えばホムンクルスの研究には神無月が関わっていたんだったか」

「へ? なんのことですか?」

「誤魔化さなくても良い。あれの元となった種子は神無月が提供したのだろう?」

「種子って……、あ、もしかしてドロップアイテムのことですか?」

「詳しいことは俺も知らないが、恐らくそうだろう」


 人造生命体、ホムンクルス。

 作成者の意に従うマリオネットだ。


「ふむ、なかなか面白いことをしてくれるね」

「ミキ?」


 横に座ってるミキが小さく呟く。

 口元には笑みが浮かんでいるが目は笑っていない。


「パパ。パパはこのままの生活を続けたいかい?」

「そりゃまぁ」

「うん、わかった」

「え?」

「なに、大丈夫さ。自分で来ないで代理をよこすような臆病者共を相手にボクは不覚を取ったりしないから」


 笑いながら腕を組み頷くミキの凄惨な笑顔。

 怖すぎるんですが。

 やめて。

 俺の平穏な日常を崩さないで?


 と言っても無駄なんだろうなぁ。

 ミキを抑えた所で向こうからやってくるだろうし。


「雫石の奴のあの有様も研究関連だ。無理やり力を得た結果だな」

「それであの状態に、ですか」

「ああ、魂をすり潰し、無理やり力を得ていた様だが……」


 魂をすり潰してか。

 それでは死んだ時に輪廻に帰れない。

 文字通り完全に消滅してしまうじゃないか。


「愚かなことだ……。奥さんも娘さんもそんなことをしても喜ばないだろうに……」


 人の心の隙間に付け込んで、触媒に使ったわけだ。

 ……、人間のすることじゃない。


「話がそれたな。他に聞きたいことはあるか?」

「そうですね。会場の警備体制とかは聞いても良いですか?」

「あー、それについてはすまん。言えん」


 平井先生は先程までの重い空気を打ち消すように手を合わせて頭を下げる。


「すり抜けられてしまった事については謝罪しよう。だが詳しい話は今後の警備の問題もあるのでな」


 顔を上げて頬をかきながら苦笑いを浮かべ、申し訳ないと続けた。


「まぁそれなら仕方ないですね」

「随分と物分りが良いな。何が狙いだ?」

「面倒くさいことに巻き込まれたくないので」


 言ってくれるじゃないか。

 そう言って平井先生と俺は笑いあったのだった。

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