第六十八話 先輩達の実力
試合開始と同時に豪炎がフィールドを埋め尽くす。
地面はマグマへと変貌し、紅く輝く。
結界である程度防護されているはずの観客席まで届く熱波だ。
直撃してはひとたまりもあるまい。
これは決まったか?
と思ったが、敵のチーム周辺には白い竜巻が立ち上っており、豪炎を防いでいたようだ。
そのままに白い冷気を振りまき、赤熱していた地面を冷ます。
フィールド全体に霧が広がり視界を遮った。
白い世界の中、時折閃光が煌めき、轟音がこだまする。
そして黒い球体が現れたと思うと霧が吸い込まれ、フィールドを露わにした。
そこには健在な両チームが対峙している。
この間、僅か十秒にも満たない時間だ。
凄まじい攻防があったように見えたが、両者の様子を見る限り、軽い挨拶程度と言ったところか。
再び敵のチームから竜巻が生じて神宮寺先輩達を襲う。
強力な竜巻らしく、溶け固まった地面を引き剥がし、その身に内包しているようだ。
直撃すればひとたまりもないだろう。
しかし再び黒い球体が現れ、竜巻を吸収。
そのまま敵陣へと突き進む。
焦ったように敵チームは散開、ギリギリの所で球体の体当たりを躱した。
球体が当たった箇所は、地面がえぐり取られ綺麗になくなっている。
えぐり取られた地面に気取られていると、敵チームの後衛が木の葉のように宙を舞っていた。
神宮寺先輩が電光石火の早業で散開した敵に突っ込み、掌底を打ち込んだ様に見えたが。
殆ど見えなかったぞ、おい。
いくら意識が逸れていたとは言え、この速さは異常だ。
そして神宮寺先輩が真横に滑空する。
いや、違う。
敵前衛の攻撃を受けたのか。
ドゴンッ
一瞬遅れて衝撃音が俺達に届く。
これ、人を攻撃する音じゃないよね。
神宮寺先輩が地面に足を着け、砂塵を巻き上げながら停止、膝をついた。
その顔には苦渋が浮かんでいる。
そこに今度は氷の矢、いや、槍と言ったほうが正しいか?
ともかく巨大な氷の杭が多数殺到。
神宮寺先輩を貫き、その身を紅く染める。
だが、豪炎が巻き起こり氷の杭は一瞬で蒸発。
いつの間にか飛んできた白い光球が神宮寺先輩に当たると、神宮寺先輩の傷も消滅した。
岩の壁が地面から持ち上がり、神宮寺先輩と敵との間に立ち塞がる。
神宮寺先輩は一息ついたかと思うと天に向かい手を伸ばす。
手から放たれた炎が集まり、巨人を作り上げていく。
俺達と戦った時と違い、その色は蒼かった。
これが神宮寺先輩の本気ということなのだろうか。
氷の礫が岩の壁を砕き、炎の巨人へと殺到するが、その体に辿り着く前に全て蒸発してしまっていた。
次いで轟音とともに紫電が走り、炎の巨人の右腕を吹き飛ばす。
だが、吹き飛ばされた右腕はすぐに再生。
反撃とばかりに再生されたばかりの腕で敵を薙ぎ払った。
直撃した二人は、そのままフィールドを滑空。
何度かバウンドし床へと伏せ、動かなくなった。
鳴り響いていた応援団の声援がピタリと止まる。
一瞬の沈黙。
「そこまで! 勝者、聖骸緑櫻高校!」
審判の勝者を告げる声にスタジアムには時間が戻り、歓声が満ちる。
凄まじい試合だった。
あれが、あれが俺達能力者の頂点なのか。
いや、まだ明日の準決勝と決勝が残っているのだけれど。
「凄い……」
平沢が呟く。
「ほんとな、他になんて言っていいかわかんねーわ……」
山下の言うとおりだ。
凄いとしか言いようがない。
これ、三回戦に進出してたら俺達全員死んでたのではないだろうか。
そんなことを考えてしまい、背筋が寒くなる。
二回戦目で負けていてよかった。
そう思ってしまう。
「悟、頑張れよ?」
「ああ、死ぬなよ」
しかし山下と平沢が憐憫の視線を俺に向けてくる。
なんでよ。
「午後の選抜個人戦、生還したらジュースご馳走してあげるよ」
「ああ、ちゃんと供えてやるからな」
いや、それ死んでるじゃないか。
って、そうか。
午後の選抜個人戦は三回戦目だ。
え、なに。
俺こんな人外共と戦わなきゃいけないの?
「えっと、入院とかしたらちゃんとお見舞いに行くからね?」
「うん、お花持っていってあげる……」
「私も能力で治癒してやろう」
綾小路達が引きつった笑顔でそう言ってくる。
死なないにしても入院前提ですか。
「棄権、していいかなぁ……」
俺の呟きは会場の歓声に打ち消され、虚空へと消えていくのだった。
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三回戦。
この試合に勝てばベストエイト。
つまり九頭龍の称号を授与される事が確定する。
しかし、相手は去年の優勝校の生徒。
それも当然のことながら三年生だ。
去年は選抜個人戦にこそエントリーされなかったものの、チーム戦で本戦に出場した経験もあるらしい。
加えてこちらは昨日と今朝の消耗を抱えている。
本戦経験のある相手、初めての戦場、消耗しきった体。
不利という言葉では不足しているだろう。
正直な所、立つのも億劫だ。
不幸中の幸いと言えば去年の戦闘詳報から、相手の能力が一部判明しているくらいか。
一部とは言えこれは大きいのだが。
「影と水ってどうやって対処すりゃいいんだよ」
知っていても対処のしようがない場合もある。
水はともかく、影はどうすればいいんだ。
炎系や光系の能力なら影を打ち消せるが、俺の能力ではなぁ。
「悟、そろそろだよ」
シスに促され控室の硬い椅子から立ち上がる。
やるしか、ないもんな。
「ああ、行くか」
「大丈夫だよ、私が絶対に守るから」
「そう、だな」
その自信はどこから来るのか。
少し分けてもらいたいものだ。
俺は重い足を引きずりながらコンクリートの地面を踏みしめ、フィールドへと向かった。




