第六十二話 逃避行
嘘だろ、おい……。
俺達の周りを白装束の集団が取り囲む。
白い布の隙間から紅い瞳が覗き、俺達を見つめている。
「完全にはめられているな……」
宮崎先輩の独白はメンバーの総意だろう。
強い殺気がこもった視線を俺達は浴びせかけられる。
システムウィンドウを解除したらすぐさま襲いかかられるに違いない。
「ひっひっひ……」
その集団の中から一際大きな人物が一歩踏み出てくる。
白い布が雨に濡れ、全身に張り付いている。
いや、白かった布、というべきだろうか。
一部を除いて、赤茶色の何かに染まっている。
その何かが雨に流され、足元に赤茶色の水溜りを作っていた。
「か、かかか、かん、かんなづきくん、ひひ、ひっ、さしぶり、だねっ?」
誰だよこいつ。
こんな危ない目つきをした知り合いなんて居ないぞ。
「そ、そんなめをして、わ、わたしだよ、わわ、すれちゃたたのかい?」
そんなこと言われても本気でわからないんだが。
身長が二メートル近くある大男なんてわかりやすい特徴を持った相手を忘れるとは思えないし。
「ひひ、ひどい、ひどいなぁ、わ、わたしは、きみ、みのことを、ずず、ずっとわすれていな、いな、いなかったというのに」
システムウィンドウで囲っているのにもかかわらず、僅かな隙間から入り込んでいるのだろう、まるで何かが腐っているかのような酷い臭いが漂ってくる。
「し、しずくいしだよ。き、きみにずっと、ずっと、あ、あいたかった」
愛おしい何かを触るかの様に、彼はシステムウィンドウに触れた。
彼が触れたところにはべっとりと茶色い何かが付着し、降り続く激しい雨に流されていく。
「し、雫石さん……?」
「み、みずしま、ままえ、まえは、よくくも、じゃましてくれ、たた、な?」
「本当に雫石さんなんですか……?」
信じられないと言う水島先生と、恨みをその目に湛えた雫石さんが視線を交わす。
「べ、べべ、べつにおまえに、しん、しんじて、もらうひ、ひつようは、ない」
「そんな、刑務所に収監されていたんじゃ……。それにその姿は……」
「わ、わたしの、ともだ、ちが、たすけてくれくれた、ん、だ、そし、てこれだけの、ちからも、くくれた」
持つべきものは友達だ。
そんなことを雫石さんは言うが、そんな姿にさせるような奴を友達となんて呼べないだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
それよりも、今はこの場をどうやって切り抜けるかだ。
ちらりと周囲を見渡すが、未だに救援は影も形もない。
これだけ用意周到に俺達をはめたのだ。
間違いなく援軍の遅延工作も施されているだろう。
さり気なくマップを開くと周囲は紫のマーカーで染まっていた。
おいおい、一体何人居るんだよ。
「に、げな、ないでお、おくれよ?」
そう言って雫石さんが手を振ると、白装束の人物が何かを引っ張り出してくる。
白い布の塊を白装束の人物は俺達の前に投げ出すとその一部を剥ぐ。
「平井さん……?」
「か、か、かれのいのち、おしいけけければ、こ、こっち、に、くるん、だ」
ゆっくりだが、呼吸はしているようだ。
生きててよかった。
しかし人質かを取ってくるか。
「俺がそちらに行ったら他の皆は助けてくれるのか?」
「そ、そ、それ、は、かんなづ、きくんしだいだね」
雫石さんは勝ち誇ったかのように肩を震わす。
そうかい。
わかり易すぎてため息が出てしまう。
「神宮寺先輩」
「……」
神宮寺先輩は何も言わずに首肯を返す。
よし、やるか。
「ミキ」
「うん」
「ぐぎゃぎゃっ!?」
ミキに声をかけると同時に神宮寺先輩の炎が連中の前に現れる。
炎はすぐに消えるが、十分だ。
その隙きにミキが周囲から伸ばした蔦で平井さんを回収。
システムウィンドウに乗せると俺達は闇夜へと飛び立った。
「くわああんんぬああああああづううううううきいいいいいい!!!」
下からは俺の名前を叫ぶ咆哮が聞こえたが、いちいち付き合ってられるか。
三十六計逃げるに如かずってな。
あばよ、とっつぁーん。
と、言いたいところだったんだけどな。
振り向くと闇夜に紛れて白い点が後方に見えた。
そりゃそうだよな。
ここまで手が込んだことしておいて追っ手がかからないはずがない。
マップの索敵範囲内から外れているため正確には分からないが、その数は百はくだらないだろう。
「そうは問屋が降ろさないということだな」
神宮寺先輩がため息をつきながら山下達に指示を出す。
「七面鳥打ちだぜ!」
ここまであまり活躍の場のなかった山下達が、追手に向かって能力を打ち込んでいく。
だが、撃ち落としても直ぐに補充がされているようで全く減る気配がない。
「くっ……」
更に俺達の動きは予想されているらしく、進行方向にも白い点が多数。
そりゃそうか、地元から離れた俺達が向かう先なんて決まっている。
当然伏兵を配置するよな。
俺は高度を急上昇させ、速度も上げる。
夜間の、それも雨天での飛行だ。
上手くバランスが取れず、システムウィンドウがガタガタと揺れる。
「うわっ!?」
「も、もうちょっと安定させられないの!?」
水島先生が不満の声を上げるが、捕まるよりマシだ。
昼間なら多少高度を下げて安定させることも出来なくもないが、ほとんど何も見えない現状では墜落しかねない。
歯を食いしばって高度と速度を維持する。
滝のような雨がシステムウィンドウを叩き、時折紫電が掠める。
「あと少しだ、頑張ってくれ」
神宮寺先輩の励ましの声が聞こえた。
口を開く体力が惜しい。
深夜だと言うのに、高い気温と湿度が体力の消耗に拍車をかける。
既に気力だけで持たしている状態だ。
システムウィンドウの枚数を減らし、稼働時間を伸ばしているがそれもそろそろ限界だ。
どのくらい飛んでいたのだろうか。
いよいよ限界という所で平沢が声を上げる。
「あそこだ!」
重い瞼をなんとか開くと、平沢が正面を指差していた。
見れば複数の建物が立ち並び、多数のサーチライトが夜空を照らしている。
俺は霞む意識の中、光の中心へとまっすぐ突き進んだ。
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