第五十四話 地区予選へ
プシュー
気の抜けた音がしてバスの扉が開く。
聖骸緑櫻高校からバスで一時間。
地区予選会場の駐車場には既に多くのバスが来ていた。
「いよいよだな」
俺はバスから降りるとそう呟いた。
俺の両腕を締め付ける力が少し強まる。
シスとミキもヤル気十分のようだ。
でもリコ。
お前が腕を締めると俺の首が締まるんだ。
やめてくれ。
「絶対勝とう」
「ああ。負けて帰ることは出来ない」
俺に続いて降りてきた平沢と、山下が少し興奮気味に勝利への思いを口にする。
「チーム戦もそうだけど、悟は個人でも頑張らないとな」
「悟は俺達のチームの代表なんだから頼むぜ?」
下の名で呼び合える友達。
いいと思います。
まぁ友達って言うより戦友って感じなんだけど。
「あまりプレッシャーをかけないでくれ」
俺は苦笑いしながら二人に返事をする。
本当は選抜個人戦は辞退したかったのだが、勲章を持っている俺が辞退すると、一年生でその代わりになれるだけの実績を持っている生徒がいないため困ったことになると言われて仕方なく引き受けていた。
おかげで明日も予選に参加しなければならない。
各地区からは上位の三チームの他、選抜個人戦を勝ち抜いた三名の合計十二名しか本戦へ駒を進めることは出来ない。
それも各学年で別れず、全学年でのトーナメントのため一年生は例年予選敗退となるのが通例だった。
エントリー自体は各学年三チームずつなのだが。
思い上がった一年生の鼻っ柱をへし折るだとかもあるのかもしれないな。
だが、そう簡単にやられるつもりはない。
神宮寺先輩のシゴキを耐えきった俺達だ。
くじ運次第では本戦出場も狙えるはずだ。
ふふ、運も実力の内だからなっ!
「さてと、相手チームはどこになるかな」
「ああ、あっちに張り出されてるらしいから見に行こうぜ」
俺が顔がニヤけるのを我慢しながら山下に話しかけると予想外の回答が帰ってきた。
パードゥン?
あっちに、張り出されてる?
「悟も達夫も昨日の抽選の生放送見なかったんだ?」
昨日の、抽選、だと?
「い、いや、見てない」
「そう言えば昨日やってたんだっけか」
動揺しながら答える俺に、余裕だねと平沢は苦笑いを浮かべるのだった。
そう言えばそんなことも言っていた気がする。
だが、疲れすぎてて頭から抜け落ちていた。
なんということだ。
ズルはするなということなのだろうか。
「なんだよ、急にテンション下がってんじゃん」
「いや、なんでもない……」
そうか?
と訝しむ山下は置いとくとして、平沢に抽選結果を聞かないと。
「それで、俺達はどこのチームと当たることになったんだ?」
「羽沙工業高校の二年生チームとBブロックの第四試合みたい」
二年生チームか。
三年じゃないだけマシと思うべきか、それとも一年じゃないと悲しむべきか。
しかし見事にバラけたな。
うちの学校のチームは各ブロックに均等に振られていた。
「大丈夫だよ、俺達ならいけるって。神宮寺先輩のチームとは違うブロックだしさ」
「お、それならワンチャンあるな!」
「そう、だな」
俺は気を取り直して控室へと向かった。
まぁ、そうだな。
ここは神宮寺先輩と同じブロックじゃない幸運を喜ぼう。
このブロックで優勝すれば本戦へと行けるのだから。
「第四試合は大体一時間後くらいに開始みたいだね」
ミキが控室に張ってあった予定表を見ながらシス達に話しかける。
「一時間かー、結構あるね」
「お菓子ないんやなぁ」
リコがぺたりと狐耳を倒して俺の方を見てくる。
うん、わかってるって。
「シス、お菓子出してあげて」
「はーい」
「俺達にもくれよ」
「わかってるよ」
そういうと思って昨日、シスに言って平沢達の分も準備しておいてもらっていたのだ。
ふっ、出来る男は違うんだぜ。
「ふかし芋?」
「何故芋?」
ストレージから出された湯気を立てる芋を見て、平沢と山下が微妙な顔をする。
いや、芋は安いし。
腹にたまるしね。
「あ、でも美味しい」
「懐かしい味だな。ばーちゃんがよく作ってくれたんだよなー」
だろう?
更にバターと牛乳をドン!
「おお、準備いいじゃん」
「定番だね」
俺達は舌鼓を打ちながら第四試合の開始を待った。
『間もなく第三試合が終了します。第四試合の参加チームは会場に集合して下さい』
控室の天井にあるスピーカーから通知が来る。
いよいよか。
「時間か」
「ああ、行くぞ」
「勝ちにな!」
俺達は頷き合って立ち上がると闘志を漲らせる。
会場側の扉を開けるとコンクリートの打ちっぱなしの地面が俺達を出迎えた。
この通路の先が、俺達の舞台だ。
ゴクリ
思わず唾を飲み込む。
そして光に向かって俺達は一歩を踏み出した。
会場を囲う観客席には一部を除いてまばらに観客がいるだけだ。
地区予選程度ではテレビの取材も来たりはしない。
だが、除かれた一部からは熱い声援が飛ぶ。
彼らは各校の応援団だ。
「「「USA! USA!」」」
読み方は『うさ』である。
決して『ゆーえすえー』ではない。
「「「せいがいー! ふぁいとー!」」」
彼らに対抗して我が校の応援団も来ている。
その中にはFクラスの面々ももちろん居た。
頑張らないと。
皆にかっこ悪い姿は見せられないもんな。
そう心に誓う。
彼らの声援を背中に受け、俺達は試合会場の中央へと進む。
円形に区切られた試合会場の路面は固く突き固められた土だ。
前の試合の名残なのか、ところどころ黒くなっていたり水が溜まっていたりしている。
遠くから爆音や歓声が聞こえる。
恐らく他のブロックでの試合の音だろう。
戦場音楽が俺達の心臓を否応なく高鳴らせる。
お互いに向かい合い礼を交わす。
しかし相手高校の生徒はこちらが一年生と知っているからか少し馬鹿にしたような言い方だった。
ふっ、馬鹿にしたければするが良い。
俺達にはそれがチャンスになるんだ。
「試合開始!」
審判の合図と同時に俺はシステムウィンドウを起動、俺達の周囲を覆う。
さらにミキに植物を召喚させてフィールドを森へと変える。
「な!?」
相手チームは急に変わったフィールドに動揺し動きを止めたようだ。
その隙に俺達は彼らの背後に回り込む。
気がついていないようだが、これは誘いだろうか。
一瞬俺達も躊躇する。
が、すぐに気を取り直しミキに棍棒を作らせて平沢に渡す。
「ブースト」
平沢が自身の精霊に短く指示を出し棍棒を彼らに向かって投げつける。
それと同時にカウンターに備え俺はシステムウィンドウを正面へと移動させた。
更に山下が力を溜め込み、次のアクションに備える。
だが、彼らの頭に棍棒は吸い込まれるように向かっていき、何にも邪魔されることなく彼らの頭を強かに打ちつけた。
「「「がはっ……」」」
彼らは何の抵抗もすることなく地面へと倒れ込む。
え?
もう終わり?
いや、まだだ。
審判は止めていない。
つまり試合続行だ。
きっと彼らは倒れたふりをしているだけだ。
それか幻覚等で俺達の目をごまかしているだけかもしれない。
「もう一撃入れるぞ」
俺は後者の可能性が高いと踏んで更に追撃を入れることを提案する。
「ああ、確実に頼む」
「一撃でな」
神宮寺先輩相手ならここで油断すると手痛いしっぺ返しを食らう。
確実に仕留めなければ。
不可視化を解いたシステムウィンドウを慎重に彼らの頭上に配置する。
これなら倒れたふりをしているなら動きがあるだろう。
位置よし、角度よし。
行くぞ。
ピー!
「ん?」
なんか今、試合終了の音が聞こえたような。
気のせいか。
「試合終了! 試合終了です!!」
草をかき分け審判が俺達の間に飛び込んでくる。
これも幻覚じゃないよな?
「勝者聖骸緑櫻高校! 双方能力を解除して下さい!!」
くそ、判断がつかないぞ。
いっそ審判ごとやっちまうか?
いや、落ち着け、本物だったらまずい。
「ミキ、とりあえず判定結果が見える程度に植物をどけてくれ」
「わかったよ」
電光掲示板には、俺達の高校名の横に丸がつけられ、俺達が勝者であると明示していた。
試合結果の表示について、何かしらの操作をすることは禁止されている。
バレたら即失格となるレベルだ。
「勝った、のか?」
「だからそう言ってるでしょう! 早くこの惨状を戻して下さい!!」
審判の怒鳴り声で我に返る。
次の試合もあるし、急がないと。
しかし、そうか、勝ったのか。
勝利の余韻に浸りながら俺はミキに声をかけて周囲の木々を消滅させた。
きっと応援団の拍手が俺達を出迎えてくれるに違いない。
そう思いながら。
「あれ?」
てっきり喝采があるものだと思っていたのだが、会場は静まり返っていた。
「えーっと?」
「ほら、早く退場して」
「あ、はい……」
どうしたんだろうね。
と平沢達と話しながら俺達は出口へと向かった。
ともかく一回戦勝利だ。
次の試合は午後から。
それまで応援団と合流して他のチームの応援をしておこう。
「何があったのかさっぱりわからなかったんだよね」
応援団と合流後、何故会場の空気が冷めていたのか聞いたところ、木々に覆われて俺達の姿は一切見えなかったと綾小路が教えてくれた。
なんということだ。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想等いただけると励みになります。
あと↓のランキングをポチってもらえるとうれしいです。




