第五十三話 死屍累々
――バーベキューから五日後。
水銀灯の光が模擬戦場を白く照らす。
そこには一人の強者が、空に浮かぶ月を眺めていた。
その手に持つ二本の小太刀が月の光で怪しく煌めく。
彼の足元には俺のチームメイトの平沢と山下がうめき声を上げながら転がっている。
幸い死者は居ないようだ。
当たり前である。
これは訓練なのだから。
訓練だよね?
多分訓練だったと思うな。
訓練だったらいいなぁ……。
なお、俺は少し離れた壁に寄りかかっていた。
吹き飛ばされて壁に衝突、落下したのである。
「休憩終わり、立て」
訓練に参加している仲間の中には女子もいるのだがそんなことはお構いなしだ。
もちろん、シス達もひっくり返っている。
「も、もうですか?」
「あと少しだけ休ませてもらえないでしょうか」
彼の無慈悲な一言に、地べたから休息を求める声が上がる。
だが、俺は知っている。
その言葉はさらなる惨劇を引き起こすことを。
「なんだ、それだけ喋れるなら大丈夫だな」
「な!?」
神宮寺先輩はそう言うと精霊を顕現させる。
「ジーク、遊びの時間だ」
ジークと神宮寺先輩が呼んだ精霊、大きなトカゲは閉じた口からチロチロと紅い炎を出しながら頷いた。
俺達は慌てて立ち上がると円陣を作り防御を固めたる。
しかしその防御を神宮寺先輩とジークはあざ笑うかのように翻弄してくる。
身体強化系の能力と炎操作の能力。
この二つを併用し、神宮寺先輩は俺達を手玉に取る。
「能力と精霊に頼り切りだからそうなる」
神宮寺先輩曰く、冒険者になるのならば能力や精霊だけでなく本人の技術も重要らしい。
特に近接戦技能は絶対に必要になるそうだ。
そう言えば霜月先輩も、刀を使ってモンスターを切り倒したりしてたもんな。
能力だけではああも上手く斬れまい。
能力ランクに差があるからこうなるのでは。
そう呟いた奴も居たが、たぶん神宮寺先輩は能力無しでも俺達を圧倒すると思うよ。
だって現状九対一でこの有様なんだもん……。
だが、これでもまだマシになったのだ。
訓練初日の有様を思い返せば。
吹き飛ばされるチームメイト。
埋められない穴。
防いだと思ったら横から回り込んでくる炎。
そして炎をかわした所に置かれていた回し蹴り。
初日、鎧袖一触。何をされたかも理解できずに俺達は闇の中に落とされた。
二日目、僅か十分と持たず蹂躙された。
三日目、三十分と持たずに吹き飛ばされた。
四日目の昨日、一時間程度粘るも、削り潰された。
そして今日。
翻弄されてはいるものの、なんとか神宮寺先輩の攻撃を耐え、僅かではあるものの反撃をするに至る。
しかしその攻撃はかすりもしない。
それでも神宮寺先輩の攻撃を、一瞬ではあるものの遅らせることが出来ていた。
その隙に態勢を立て直す。
皆必死だ。
訓練開始から三時間。
全員に濃い疲労の色が見えるが、誰の目からも光は失われていない。
日に日に伸びていく戦闘時間。
着実に実力が身についていく事が実感できる。
その達成感が皆の心を支えていた。
「ふむ」
そして、神宮寺先輩が攻撃の手を止める。
今がチャンスだ。
この好機、逃してなるものかと後衛から紫電が神宮寺先輩に向かって放たれる。
しかし当然のごとく躱された。
だがそれは想定内。
躱した先には、後衛の攻撃に隠れて中衛が放った斬撃が置かれている。
「くっ」
弾かれるも、今まで躱され続けていた攻撃が初めて神宮寺先輩を捉えたのだ。
たららを踏む神宮寺先輩に向かって、ここまで力を溜めていた前衛が突貫する。
正面と左右。
それぞれから神宮寺先輩を囲むように剣閃が放たれる。
行ける!
「甘い!」
しかし左右の剣閃は神宮寺先輩の小太刀に阻まれ、正面からの一撃はジークの尻尾が弾き返した。
「くそっ!!」
前衛が悪態をつき、神宮寺先輩は口元に笑みを浮かべた。
だがこれも計算通り、この瞬間を待っていたのだ。
動きを止めた神宮寺先輩の胸元へ、不可視化した俺のシステムウィンドウが吸い込まれていく。
ガキンッ
「ぐっ!」
「な!?」
神宮寺先輩の体は少し後ろに滑っただけだった。
必殺の、絶対の一撃だったのに、これも防ぐか!?
「なかなかやるようになったな」
「く……」
今日もだめだった。
仲間達全員から戦意が薄まる。
いつものパターンならこの後反撃を強かにもらい、全滅だ。
だが、今日はそうならなかった。
「うむ、とりあえずは合格でいいだろう」
「え?」
「連携も十分取れるようになった。頭を使って能力を使うようになった。一週間でこれなら十分だろう」
そう言って神宮寺先輩は胸元を払う。
「今日の訓練はここまでとする。明日は座学のみだ」
明後日は予選本番だから、がんばれよ。
そう神宮寺先輩は続けた。
や、やっと、やっと終わったのか?
うう、これで地獄から開放されるんだ。
生きててよかった。
本当にそう思う。
「来週からは次のステップの訓練だ。忘れるなよ」
Oh……。
そうでしたね。
本戦までは訓練するって言ってましたもんね。
「神宮寺先輩は、我々が予選一回戦敗退する可能性があるとは思わないんですか?」
そんなことを考えていると平沢が恐る恐ると言った風に神宮寺先輩に問いかける。
そうか、すっかり忘れていたがその可能性もあるのか。
そう思っていると神宮寺先輩は呆気にとられたような顔をして俺達を見回した。
「……、ふっ。そうか。その可能性も考慮しなければならんな」
その場合は全員本気で鍛えるとしよう。
そう神宮寺先輩は爆弾を置いて去っていった。
「絶対勝つぞ!!」
「「「「「「「「おおおおおお!!!!!」」」」」」」
神宮寺先輩の爆弾のお陰で全員の士気は否応なしに上がる。
しかしこれで本気じゃないんですか。
そう言えば神宮寺先輩は今まで真正面からしか攻撃をしてこなかった。
普通は後衛を先に潰すのがセオリーだろうに。
なるほど、本気ではないと。
化物だ……。
まぁ、勝ったとしても来週はそれを中心に行うだろう。
正面からの戦いはある程度の練度に達したが、搦手への対応はさっぱりだ。
定石である後衛潰しに対応する訓練が必要だ。
後衛潰し、つまり俺潰しである。
今まで前衛がダメージを引き受けてくれていたが、今後はそれも期待できない。
また、後衛が潰されたら前衛もすぐに耐えられなくなるだろう。
覚悟、しておく必要がありそうだな。
だが、誰の目からも悲壮感は漂っていない。
絶対に勝つ。
その思いでメンバーは一つになったのだった。
そして足並み揃え、水島先生の総評を受けるべく、模擬戦場に併設されているミーティングルームへと向かった。
今日の戦闘結果を録画、再生しながら水島先生から解説を受ける。
「もう二三手足りなかったわね」
「二三手、ですか?」
後一手で詰められていたと思ったのだが、水島先生の意見は違うらしい。
「確かに今回は後一手で良かったかもしれないわ」
でも、と水島先生は続ける。
「毎回そうとは限らない。常に相手の二手、三手先に行動しないと裏をかかれるわよ」
「なるほど……」
言われてみれば確かにそうだ。
隙きを見せて攻撃を誘われている可能性だってあった。
まだまだだな。
俺は反省しつつ水島先生の講義に耳を傾けるのだった。
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