第五十一話 増長と自惚れ
「九頭龍戦、ですか?」
六月下旬、俺は生徒会室に呼び出されていた。
まぁ呼び出し自体はよくある話なのだ。
しかし今回は内容が伏せられていたので少し訝しんでは居たのだが。
いつも通りシス達と客間のソファーでお茶をすすっていると、予想外のお誘いを受けたのだった。
「そうだ。来月の頭から予選が始まる。それに出てもらいたい」
九頭龍戦。
年に一度、高校生の能力者が、その能力で優劣を競い合う姿を神に奉納することを目的とした競技大会。
各地区で予選を勝ち抜いた各校の代表者が、本戦でその力を互いにぶつけ合う。
団体戦は三人一チームで、上位三チームの九名に九頭龍の称号が授与される。
そして選抜個人戦でも上位九名には九頭龍の称号が与えられる。
その一年生の代表チームのメンバーとして俺が候補に挙げられているらしい。
各校九チーム、二十七名しか参加できない枠の一枠を俺が埋めるとは。
さらに選抜個人戦にもエントリーして欲しいと。
これだけでも辟易としてしまうのに、他のメンバーは全員Aクラスだそうだ。
少し腰が引けてしまう。
「はぁ、でも俺Fクラスなんですけど」
「ははっ、そんなもの、勲章持ちであれば関係ないさ」
心配するな、どうせ次の学期にはお前もAクラスだ。
そう言って神宮寺先輩は笑うが、先日水島先生に伸びた鼻をへし折られたばかりだ。
能力に頼り切りの俺が試合に出ても足を引っ張るだけだと思うのだけど。
「なんだ、今日は随分としおらしいじゃないか。何かあったのか?」
いつもの物怖じの無さが見えないぞ。
神宮寺先輩にそう指摘される。
隠していたつもりなのだが、神宮寺先輩の目はごまかせないらしい。
「実は……」
俺が水島先生に手も足も出なかったこと。
能力と精霊に頼りきりで自分では何も出来ないと思ったこと。
そんな俺が大会に出ても足手まといにしかならないのではないかということ。
そういった不安を神宮寺先輩に打ち明けた。
「ふむ……」
神宮寺先輩は口元に手を当て少し考える仕草をする。
絵になる仕草だな。
頼りになるし、かっこいいし、少し憧れる。
「神無月、お前は随分と増長しているのだな」
「え?」
予想外の言葉だった。
てっきり慰めてくれるなりしてくれると思っていたのに。
想定外の言葉に俺は動揺を隠さず反射的に反論してしまう。
「別に増長しているつもりはありませんが」
「ほぅ?」
そんな俺に神宮寺先輩は目を細める。
嘘じゃない。
俺は、自分の驕りを反省しているのだ。
だから落ち込んでると言うのに。
「水島教諭は、神事省のエージェントだ」
「知っていますが」
「ならばその実力が並の冒険者を大きく上回るものであることもわかるな?」
「あっ」
そ、そうか。
言われてみて初めて気がついた。
むしろ何故気が付かなかったのか。
彼女の姿に誤魔化されていたのだろうか。
いや、言い訳だな。
神宮寺先輩が俺が増長しているというのも納得だ。
ベテランの、一流の能力者相手に、能力に覚醒してたかだか三ヶ月の初心者が敵うわけがないのだ。
「理解したようだな」
「はい……。ありがとうございます」
恥ずかしい。
なんたる増長。
酷い自惚れ。
俺は気が付かない間に随分と調子に乗っていたらしい。
高校生にもなって、それに気が付かないとは。
「と、苦言を呈してみたが、それは誰もが通る道だ」
「それって?」
もしかして神宮寺先輩も似たようなことがあったのだろうか。
普段の落ち着いた姿を見ていると想像ができないのだが。
「聞いてくれるな」
そう神宮寺先輩は苦笑いを浮かべた。
「しかし、大会に出る後輩に餞別の一つも必要か」
「いえ、相談に乗っていただいただけでも助かりましたから」
頭にかかっていた霞が晴れた。
それだけで、もう十分だと思う。
「そういうな」
後輩が遠慮するものではない。
そう言って神宮寺先輩は携帯電話を取り出した。
「ああ、俺だ。うむ、これから予約を頼む。そうだな。大会本番まで毎日だ」
神宮寺先輩は少し嬉しそうに電話口へ指示を飛ばす。
予約って、何を予約しているのだろう。
それも毎日?
嫌な予感しかしないですが。
「よし、行くぞ」
「えっと、どこへですか?」
「決まっているだろう」
模擬戦場だ。
凄惨な微笑みと共に神宮寺先輩は俺に言葉を返すと立ち上がる。
え、まって?
模擬戦場って、神宮寺先輩と模擬戦するってこと?
それもやる気に満ち溢れゴキゲンな神宮寺先輩と?
それも大会まで毎日って。
というか、俺参加するって言ってないんですけど!?
「うん、訓練はいいと思う」
「せやな、うちももっと強くなりたいし」
「水島教諭にやられっぱなしというのもしゃくだからね」
そしてうちの三人娘も乗り気である。
まって、クエストやらないと生活費が苦しくなるのよ?
「ああ、そうだ。伝えるのを忘れていたが、今月から年金が支給されるはずだ。口座を確認しておけ」
俺が言い訳する前に神宮寺先輩は逃げ道を潰してくる。
さすがは生徒会長。
常に先手を取ってくる。
勲章に付属している年金。
その額、月に十万円也。
クエストを減らしても大丈夫というわけだ。
お気遣い感謝します……。
その後、俺の嫌な予感は的中。
俺は神宮寺先輩に散々に打ちのめされるのだった。
「俺が手の空いていない日は水島教諭が模擬戦の相手を務めてくれることになっている」
多くのことを吸収するように。
息も絶え絶えに模擬戦場でひっくり返っている俺に、神宮寺先輩はとどめの一言を投げかけるのだった。
「お疲れ様」
「さんきゅ……」
シスからスポーツドリンクを受取り、一気に飲み干す。
くっ、五臓六腑に染み渡るってこういうことか。
ただのスポーツドリンクがものすごく美味く感じる。
しかし、今まですごいすごいと思っていたが。
それ以上だな。
俺は神宮寺先輩の表層を見ていただけに過ぎなかったのだ。
そう思わされた。
水島先生との模擬戦で分かっていたことではあるが、いくら強力な能力を持っていても上手く扱えなければ意味がないのだ。
見えない攻撃や空間全体攻撃も、知っていれば対処の仕様はいくらでもある。
色々考えさせられる。
頭を使って戦わないとベテラン相手には通用しない。
これから大会まで、どこまで伸ばせられるか。
チームメイトとの連携の練習もあるし、ちょっときついな。
……、だが、楽しい。
俺は天を仰いだままにやりと笑うのだった。
小さい頃、傘で牙突◯式とかやった思い出。
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