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第五十話 踏み台

 模擬戦とは一体。


 あれだけ動き回っているというのに水島先生は息一つ切らしていない。

 エリートだと自称するだけはあるということか。

 最近よく持ち上げられて少し得意になっていたが、上には上がいる。

 そう思わされた。


 水島先生は猛り狂っているようでいて、冷静さも在中している。

 その証拠にシスやリコ、ミキへは直接攻撃しようとしていない。


 しかしこれでは千日手だな。

 どうしたものか。


 俺の視線の先では未だ水島先生が跳ね回り、システムウィンドウが輝線を描いていた。

 時折木の枝が音を立てて振り回されるが、水島先生にとっては足場でしか無いようだった。


「何をしている……」


 荒野と化した中庭に救世主が!

 凛とした声、落ち着いた雰囲気、我らが生徒会長の登場だ。


「神宮寺先輩!」


 た、助かった。

 正直消耗がひどく、これ以上の継戦は困難だった。

 だが止めるに止められず、ジリジリと削られていたのだ。


「水島教諭、これはどういうことですか?」

「神宮寺君、今は授業中ですよ?」


 どうして授業中に中庭に居るのか、水島先生は神宮寺先輩に苦言を呈す。


「生徒会の仕事で今日の一時間目は抜けさせてもらっているんですよ」


 それで、と神宮寺先輩は続ける。


「中庭が廃墟に変わっている理由を説明していただいても?」

「え? あっ!?」


 このポンコツ教師は漸く周囲の有様に気がついたらしい。

 エリート(笑)である。


「そ、その、模擬戦をしてたらこうなっちゃって」

「ほぅ、模擬戦ですか」

「ええ、でもこれは私じゃなくてね? 神無月君がね?」


 ちょっと待て?

 卑怯じゃないか!

 あんたそれでも教師か!?


「神無月、事実か?」

「う……、はい……」


 神宮寺先輩に嘘はつけない。

 俺は正直に全てを話した。


「なるほど、授業で対抗戦をしようとしたが、神無月が模擬戦を提案してきたと」

「そうなのよ! だからね、仕方がなかったというか」

「しかし水島教諭、それでしたら模擬戦場に移動すればよかったのでは?」

「へ?」


 ああ、そういうのもあるって聞いたことがあった気がする。

 今まで全く用がなかったからすっかり忘れていた。

 水島先生も来たばかりで知らなかったっぽいな。


「そして神無月が破壊したとは言え、それは授業の中でのこと。それも対戦相手は水島教諭ですよね」

「そ、そうね」

「監督責任と言う言葉はご存知でしょうか」

「あうぅ……」


 容赦のない神宮寺先輩の言葉に水島先生は目に涙を貯め、膝を抱えてうずくまってしまった。

 見た目だけなら庇護欲を誘う光景だ。

 思わず仕方がないですね、と言いたくなってしまう。

 だが、その周囲の惨状がそれを許さない。


「復旧費に関しては神事省へ請求を回しておきます」

「あばばばば……」


 査定が……。と虚ろな目で呟く水島先生に背を向けると、神宮寺先輩は颯爽と去っていった。


 キーンコーンカーンコーン


 無慈悲な鐘の音が響く。

 水島先生の教師生活一日目はこの廃墟からスタートするのだった。



 放課後、俺は職員室の前の廊下を歩いていた。

 朝、放課後に職員室へ来るよう言われていたからね。

 本当は気まずいので来たくなかったのだが、気まずいから行きませんとはいえないし。


 しかし職員室と言うのは落ち着かない。

 何も悪いことをしていないというのに、入り口に立つだけで少し緊張してしまう。


 少しためらい気味に扉をノックし、入室する。


「一年Fクラスの神無月です。水島先生は居られますか」


 どこに座っているか聞いてなかったんだよな。

 そんなことを思いながら職員室を見渡す。

 しかしその心配は杞憂だった。


 扉に一番近い席でとろけている物体。

 違った、水島先生を見つけた。


「水島先生?」

「……」


 返事はない。

 ただの屍のようだ。


 ただの屍のようだ。ってすごいセリフだよな。


「水島先生ー?」


 再び声をかけてみると、ギギギギと音が聞こえて来るような動きで彼女はこちらに顔を向けた。

 黒いツインテールがやる気なさげに垂れ、ゆっくりと揺れる。


「神無月君……?」

「はい、神無月です。呼ばれていたので来たのですが」

「……、ああ、そう……」


 虚ろな眼差しで俺を見やると水島先生は体を起こす。

 ひどい顔だ。

 この顔を見ると何故かアンモニア臭を思い出してしまう。

 全く関係ないが、一時期おもらし系女子とか言うとち狂った言葉があったな。


「それで、どういったご用件でしょうか」

「誰にも言わないでよ?」


 そう前置きすると、水島先生は俺に一つのお願いをした。

 大したことではない。

 だが、彼女のプライド的に教室ではお願いできなかったと言うだけだ。


「木材は木工室の奴使っていいって了承貰ってるから」

「分かりました」


 俺は踏み台作成の任務を受け、職員室を後にしようとした。

 そこで伝えなければいけないことを思い出す。


「そうだ、水島先生」

「うん? なに? 報酬は出せないわよ?」


 これから査定されて給料下がるだろうし。

 なんてつぶやきは聞かなかったことにしておくべきだろう。


「うちのクラス、ダンジョンに潜ったことのある奴は十人も居ませんから」

「え?」

「能力もランクⅠの覚醒度Gがほとんどです」

「はい?」


 水島先生は理解できないと言った表情をしている。


「え? でも神無月君の配属されてるクラスだよね?」

「はい、本来戦闘能力が無い(・・・・・・・)、システムウィンドウの能力をもっている俺が配属されたクラスです」


 戦闘能力が無い部分を強調して言うと、水島先生は漸く理解したようだった。


「そ、それじゃ……」

「一応気を使ったつもりだったのですが」

「ご、ごめんなさい!!」


 うん、わかれば良いんだよ、わかれば。

 初見だと勘違いしても仕方がないだろうし。

 まぁ、普通はどの学校でもFクラスはランクが低いものなのだが。

 水島先生も常識に一部欠落があるようだ。


 分かっていたことではあるけどね。

 なんせ授業一発目から中庭を廃墟にするほどのアレっぷりだし。


 ともかく、誤解が解けてよかった。

 せいぜい頑張って立派な踏み台を作ってあげるとしよう。


 俺達は意気揚々と木工室へと向かったのだった。


 次の日から、水島先生の姿は教壇に隠れることはなくなった。

 黒板の上の方にもなんとか手が届くし。

 踏み台に登って手を伸ばせば、だが。

 その姿は微笑ましいものではあった。

 模擬戦の時の修羅の顔を知らなければ、だが。

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