第五話 代償
――入学式から二週間程度経過した日の放課後。
薄暗い通路を俺達は慎重に進む。
空気は張り詰め、喉はひりつくように乾いている。
それと対象的に床面は濡れており、滑らないように注意が必要だった。
俺の前では先輩達がモンスターを一体ずつ確実に仕留めては壁際に寄せている。
モンスターから流れ出てきた血が靴を汚す。
今はあまり気にならないが臭いも相当なものだろう。
帰る前に除染ルームでしっかり落としていかないとな。
「神無月! 近くにモンスターは!?」
「前方右手の通路から三体、少し間を置いて二体来ます!」
「他には!?」
「近くには居ません!!」
「よし! こいつらをやったら一旦休憩するぞ!!」
モンスターの反応が一つ、二つと消えていく。
そして最後の一つが今、消滅した。
やっと休憩か。
長かったな……。
そう思いながら俺はシステムウィンドウを操作して椅子とテーブルを用意し、その上にコップや皿を並べる。
ダンジョンの中で何を悠長にと思われるかもしれないが、テーブルや椅子はいざという時にバリケードになる。
それに地べたに座って休憩するよりも即応性が上がるメリットが有るのだ。
幸い、ここは石で作られたダンジョンだからひどく汚れる心配もないし。
ちょっと苔が付く程度かな。
「ただいま。お、今日はポトフか」
そう言いながら肩に鷹を乗せ、右手に刀を持った男が近づいてくる。
その男の目はテーブルの上の料理に釘付けだ。
「霜月先輩、お疲れ様です。ポトフは消化が良いですから」
「神無月が来てくれるようになってダンジョンの探索が楽になって助かるよ」
「お世辞でもそう言ってもらえるとうれしいですね」
「いや、本当にそう思っているんだ。食事だけじゃない。戦闘中、休憩中関係なく全周囲の警戒をしてくれてるしな」
そう言いながら腕を伸ばしてストレッチをし始めた霜月先輩の影からぬっと人が現れる。
「ほんと、不意打ちや奇襲を防いでくれるのは助かるんだぜ?」
「猫屋敷先輩もお疲れ様でした」
「おかげさまであんまし疲れてねーけどなー」
にひひっと笑いながら猫屋敷先輩は席についた。
そしてポトフを一口すする。
「うまい……」
「ダンジョンで温かいご飯が食べれるだなんて考えたこともなかったわね」
「伊集院先輩、いつからそこに?」
いつの間にか席についていた伊集院先輩。
この人、ほんと気配ないからなぁ。
「細かいことは気にしない方が良いわよ。それよりも早く食べましょ、冷めちゃうわ」
「先に頂いてるぜー」
「うむ、おかわりを頼む」
「分かりました。どうぞ」
「ありがとう」
あっという間に鍋は空になってしまった。
次からはもっと多めに作ってくる必要があるか。
「すまん、全部食べてしまった……」
「あれ、神無月、まだ食べてなかったよな」
「ごめっ、つい……」
三人が三人共気まずそうに目を伏せる。
いや、あそこまで美味しそうに食べられたら仕方がないかなって、俺は思うんですよ。
「いえ、お構いなく。俺はポーターですし」
「いや、そういうわけにも行くまい」
「まぁ、ないものはないですし」
無い袖は振れない。
当たり前である。
「む、むぅ……」
「パンはありますから、大丈夫ですよ」
「しかしだなぁ、その、君の後ろの精霊が……」
「……」
うん、知ってた。
うちの食い意地の張った精霊、シスは怒るだろうなーって。
「いや、そもそも俺がここに居るのはこいつが原因ですし」
「ひどい!? 冤罪だよ!?」
「いや、事実じゃん……」
「あー、まぁねぇ……」
シスの訴えに伊集院先輩が苦笑いを浮かべる。
そうなのだ。
彼女の生活用品を揃えるのにもかなりの出費があった。
その所為で俺は生活費が足りなくなってしまい、アルバイトとして放課後は生徒会のダンジョン調査委員会の手伝いをする羽目になっていたのだった。
ああ、クエストと言ったほうがいいか。
ダンジョン関係だし。
いや、本当ならそれでもなんとかなるはずだったのだが。
「はぁ……」
「うぅっ……」
俺のため息に反応してシスが肩を震わせる。
まぁこいつも反省しているんだろうけどさぁ。
シスは精霊のくせにいっちょ前に食事はする、ゲームや映画を見に行く、服を買う。
もうお前人間だろ!?ってレベルで消費するのだ。
まぁ俺もここまでなら我慢できる範囲だったよ?
俺の精霊だし、楽しみも必要だろうしさ。
「シス、わかってると思うけどバイト代入っても伊集院先輩と勝手に買い物行くのは禁止だからな?」
「うっ……」
「うぐっ……」
ただでさえピンチだった俺の財布にとどめを刺した行動。
それはシスが伊集院先輩と勝手に出かけて好き放題したからであった。
朝起きて財布を見たときの俺の衝撃を皆に伝えたい。
目の前が真っ暗になったからな。
幸い食材はあったから弁当と水筒持参でどうにかなったが……。
尤も中身はシス作だけれども。
「あー、領収書は忘れてないよな?」
「あ、はい。ちゃんと取ってますよ!」
霜月先輩の助け舟にシスが待ってましたとばかりに乗り込む。
精霊がそれで良いのか。
お前これで貸し借りチャラになってるんだからな?
「ならいい。出費がバイト代を上回っては、な」
「……、お気遣いありがとうございます」
それにしても、オリエンテーションの時にバイト見つけておいてよかった。
このバイトがなければゴールデンウィーク前に破産するところだった。
目的は違うけどとりあえず助かるには助かったからな。
このバイトの競争率、実はものすごく高かったのだが伊集院先輩が会長にゴリ押ししてなんとか俺は採用されることに成功していた。
不幸中の幸いとはこのことだろう。
お金も稼げてモンスターも倒せる。
一石二鳥である。
バイト代も高校生にしてはかなりいいし。
「確かにバイト代は良いが、命をかけているということを忘れるなよ」
「そーそー、命がかかってるって考えるとそこまで良いってもんでもねーしな」
俺はポーターだから危険を感じたことはないが、やはりそういうものなのだろうか。
「かと言って、神無月君に居なくなられると困るんだけどね」
「全くだな」
「もう元の探索パーティーには戻れないぜー」
そう言った先輩達と俺は笑いあったのだった。
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