第四十七話 水島レポート
――水島レポート。
『最重要機密事項扱い』
『情報セキュリテーレベルⅤ』
二〇一七年六月某日。
私、水島 瞳は一人の能力者の精密検査を行うこととなった。
対象となる能力者はこの春高校に入学した男の子だ。
能力に覚醒したばかりだが、わずか二ヶ月の間に二つも能力を得ている。
その背景にはダンジョンを神聖視する集団、『神の従者』の存在があったようだ。
また、ダンジョンボスからのドロップアイテムを使用し、人の身でありながらモンスターを使役するに至っている。
そのモンスターも、モンスターでありながらダンジョンコアを破壊する等、今まで確認されていたモンスターの行動とはかけ離れた行動を取っており今後の動向が注目される。
彼の精霊について特筆すべき点はニ柱とも人型であり、はっきりとした人格を得ていることである。
例えば、お茶菓子を出すと言うと好みの菓子を要求してくる。
通常精霊は食事等は必要としないはずなのに。
これもおかしなことだ。
過去、人型の精霊や人格と思わしきものを持つ精霊は居なかったわけではない。
ただし、稀なケースであり、関係者以外にはあまり知られていない程度だ。
また、そのどれもが強力な能力に付帯して現れた精霊であることも捨て置けない。
彼の能力もその例に違わず、非常に強力な能力であることは間違いないだろう。
その証明として、彼は単独でスタンピードの殲滅に成功している。
その際、勲章を授賞することになったのは記憶に新しい。
勲章に隠されていたGPSとマイクが初日に破壊されてしまい、神事省内部に若干の衝撃を走らせたのだ。
巧妙に隠されたはずの機器を即座に見つけ出し、かつ破壊する。
仮に偶然見つけだしたとしても、普通は破壊までしないものだ。
この時点で、神事省は彼を警戒することになった。
後の調査で、機器の破壊は彼が意図したものではなく、彼の精霊が勝手に行ったことが判明する。
『精霊』が、『能力者の意思』を『確認せず』だ。
この点も彼の精霊が特殊であることを裏付けてくれる。
彼のモンスターについては、現在研究所にて研究が進められている。
しかしその進捗は思わしくない。
この件について、彼は『植木鉢にドロップアイテムを植えたら朝にはモンスターが生まれていた』と意味の分からない報告している。
ドロップアイテムを植木鉢に植えると言う発想が一体どこから生まれるのか。
理解に苦しむところである。
半信半疑であったものの、研究所で同様の実験を行ったが、ドロップアイテムには変化が見られなかったらしい。
ドロップアイテムを植木鉢に植える実験とは、研究所の職員達も常識というものが欠落しているように思う。
だからこそ研究者なのだろうか。
その他、解析をかけても全て不明と言う結果となってしまったらしい。
唯一判明していることはそのドロップアイテムは非常に硬いということくらいだろう。
煮詰まった研究者達は圧力試験にそのドロップアイテムを掛けたらしいが、逆に試験機が壊れてしまったそうだ。
研究所所長は彼のモンスターを観察、そこから得られた情報を元に更に調査を進めると言っているが要は手詰まりということだ。
半分精霊となっている彼のモンスターは、過去例のない存在であることも含めて警戒が必要だろう。
わかることと言えば、彼とモンスターとの間に繋がり、パスが出来ていることから精霊に近い存在であることくらいである。
さて、上記の内容を踏まえて彼に精密検査を施すことが決定された。
しかしその途中、『神の従者』の介入を受け、彼の精霊とモンスターが封印、剥奪されそうになるという事件が発生した。
私はその場に居合わせたが、その場で今までの常識を疑う光景を目にした。
彼の精霊とモンスターが上級の封印を自力で解いていたのだ。
いや、それだけならまだ常識を疑うと言うところまでは行かなかった。
高位の精霊であればそれを可能にすることもあるだろう。
しかし彼の精霊とモンスターは、彼の命令を受け付けていなかったのだ。
口では彼の命令を聞くと言っているが、それは能力覚醒時の縛りではない。
信じてもらえないだろうが、本人の意思で命令を聞くと言う意味合いだ。
神の眷属たる精霊と、ダンジョンコアの創造物であるモンスターが何の縛りもなしにこの世界を闊歩しているのだ。
上級封印を自力であっさり解いてしまうような化物が、だ。
これは非常に危険なことであると私は提言する。
彼の身に危険が及んだ時、彼女達は彼の意志に関係なくその力を振るうだろう。
また、彼を排除すれば済むという話ではないので注意が必要だ。
通常、能力者が死亡すると精霊は神の世界へと送り返される。
しかし検査の結果判明したことだが、彼女達は短い期間であれば自力での現界を可能とするだけの権限を付与されているようだ。
その間に発生する被害を考えると短慮を控えるように望むところである。
幸い、偶然居合わせた特別捜査部の職員の助成を受け、無事に『神の従者』の者は拘束することに成功した。
そして彼の面談を行ったのだが、正直に申し上げると私は彼の精神面に非常に問題があるのではないかと考えていた。
しかし実際に面談をしたところ、精霊やモンスターを身内と考えている危うい部分はあるものの特段大きな問題は見受けられなかった。
念のため、精密検査の最中に私の能力を使用し確認を行ったが、一応は問題はなかった。
ただし、能力の使用中に彼のモンスターから私の能力への干渉が行われたことをここに報告する。
能力への直接干渉能力を彼のモンスターは保有しているようだ。
神から与えられし能力に干渉するほどの力を、権限を与えられている。
その事に私は恐怖を覚えた。
不壊属性を持った無敵の盾。
運命を捻じ曲げる最強の矛。
他の能力への強力な干渉。
これらの能力を一人の子供が有しているのだ。
それも精霊達への枷もなく。
現段階での能力は。
『システムウィンドウ』
ランクⅤ 覚醒度S
板状のシステムウィンドウを召喚。
非生命体の格納及び展開が可能。
周辺地図を表示し、地図上に人及びモンスターを表示させる事ができる。
サイズは通常一メートル✕二メートル程度だが、最大十メートル✕十メートルまで大きく出来るようだ。
最小サイズは目視できないサイズまで小さく出来る。
透明度を変更することで見えなくすることも可能。
そして不壊属性付き。
また、マニュアル操作能力が付与されており、精霊を経由しなくても直接能力の行使が可能となっている。
このマニュアル操作能力は自身の持っている全ての能力に適応される。
『幸運』
ランクⅦ 覚醒度G
因果律に干渉し自身の運を良くする。
一日一回の条件付きだが、死の運命を自動的に回避する他、任意の不幸をなかったことにできる。
さらに、同じく一日一回だが他者の運気を極端に下げることが可能。
これらの能力は変更した運命線の太さに応じて消耗があるため大きな事象の改変は出来ない。
確定的な死を回避した場合、消耗の大きさに耐えられず死ぬこともあり得る。
『侵食』
ランクⅥ 覚醒度C
他者の能力に干渉することが出来る。
自分より下位のランクの能力に対しては発動中であろうとも妨害が可能。
自分と同等もしくは上位のランクの能力に対しては発動を阻害出来る。
これは彼の使役するモンスターが得ている能力だが、前述のシステムウィンドウの能力の対象に入っているようだ。
また、モンスターとしての特性として、植物の生成や操作を可能としている。
こちらはシステムウィンドウの対象にはなっていない。
しかし一部植物でないものまで生成していることから、今回の検査では判明しなかった何かしらがあることが予想される。
と、能力値だけを見れば既に現役の冒険者と比べても遜色ない程だ。
能力が戦闘向きではないし、使用条件が厳しいので直ちに何かしらの問題が起こるわけではないが、危険であることには変わりがない。
彼らを野放しにしてはならない。
拘束は無理でも直接監視の目は絶対に必要である。
――以上を主張し、当報告を終えるものとする。
「ふぅ……」
私は今回のあらましを紙にまとめ一息ついた。
しかしとんでもない連中だった。
久しぶりに恐怖というものを身にしみさせられた。
いや、しみたどころかダダ漏れだった。
乙女の尊厳はズタボロである。
「ぴよちゃん、お前もそう思う?」
私は自分の手のひらの上に精霊を顕現させ、その頭を優しくなでた。
私の精霊は私の言うことを大人しく聞いてくれる。
黄色い、愛らしいひよこ姿の精霊は私の荒んだ心を癒やしてくれる。
「常に精霊を顕現させ続けている、ね」
精霊を顕現させているとそれだけでも多少消耗する。
彼らは顕現し、能力者の側にいることを好むものだ。
しかし、それでも普通は無駄な消耗を避けるため姿を消させている。
なのに彼は三柱の精霊を常時顕現させ続けているらしい。
「化物、か」
精霊だけでなく本人もだな。
半分モンスターの精霊は仕方ないにしても。
残る二柱は恐らく言うことを聞いてくれていないのだろうが。
そう私はぴよちゃんに向かって呟いた。
私の書いたレポートは上層部まで届き、審議されたらしい。
普通はこの手の情報はエリートルートに乗っているとは言え、まだ下っ端である私のところまでは届かない。
それが私のところにまで届いた時、私は喜んだ。
ああ、私は上の人間に認められているのだな。と。
一週間後、私は彼の通う学校である聖骸緑櫻高校で教鞭をとっていた。
目的は彼の監視らしい。
なんでも彼を一番理解している者が監視の任に当たるのが適当であるとかなんとか。
上の連中め、厄介事を下っ端の私に押し付けやがった。
さよなら出世コース。
さよならエリートの旦那様。
ふざけんなっ!
「お互いツイてないな?」
同じく飛ばされた平井さんは職員室の硬い椅子に腰掛け、私に向かって慰めの言葉をかけてくるのだった。
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