第四十五話 禁忌とカレー
「ですが、黄泉の国へ旅立った死者の蘇生だけは行わないように気をつけて下さい」
水島さんが目を細めてそう言ってきた。
先程までと少し雰囲気が違う。
「禁忌ってやつですか」
神を冒涜するだとかそういう意味合いなのだろうな。
「ええ、禁忌です。ですが禁忌とされるのにも理由があるのです」
死者の蘇生、それは非常に魅力的なことだ。
だがそれは許されない。
なぜなら。
「死者を黄泉の国から連れ戻すには代わりとなるモノが必要なんです」
亡くなって四十九日以内であれば、肉体さえ残っていれば問題ありませんが。
と水島さんは続けた。
「なるほど……、代わりに誰かが死ぬと」
「それも大勢送り出さなければなりません」
それでスタンピードを発生させて犠牲者をというわけか。
自分勝手すぎるだろう。
とても正気の沙汰とは思えない。
愛が人を狂わせるということなのだろうか。
「とてもではないですが割に合いませんね」
「ええ、普通はそう思いますよね」
しかし、愛する者を蘇らせれるのなら、他人をいくら犠牲にしても構わない。
そう言う連中もいるのだと水島さんは語った。
「雫石さんも、その一人ですね」
雫石さんには奥さんと娘さんがいたらしい。
雫石さんも良い人だったんですよ、いつも幸せそうにしてて。
と水島さんは語った。
しかし数年前、信号待ちをしている所にトラックが突っ込んできてということらしかった。
「かと言って彼の行ったことは許されることではありません」
「はい」
俺だけでなく、シス達も殺されそうになったようなものだしな。
俺の能力を奪って奥さんと娘さんを生き返らせようと考えたのだろうが。
それにしても禁忌か、そりゃそうだよな。
死者の蘇生なんて許されるはずがないし。
しかしまてよ?
俺の不幸改変なら死の運命を回避させるだけ、黄泉の国から死者を連れ出すわけじゃないから問題なく出来るのではないだろうか。
試す訳にはいかないが、頭の片隅に置いておこう。
「さて、面談はこれくらいでいいでしょう」
「次は精密検査ですね」
それが終われば帰れる。
そう思った時だった。
グー……。
どこからともなく空腹を知らせる音が聞こえた。
手に伝わった振動は気が付かなかったことにする。
かわいそうだし。
ちらりと時計を見ると既に八時を回っていた。
そりゃ腹も減るわな。
「その前に食事にしたいのですが」
「ぷっ、し、失礼しました。職員用の食堂がありますのでそちらでよろしければ」
俺の気遣いも虚しく、水島さんが笑ってしまった。
リコの狐耳がプルプルと震えている。
恐らく顔は真っ赤になっていることだろう。
「こんな時間でも開いてるんですか?」
「一応二十四時間開いてるんですよ。深夜だと麺類とカレーしかありませんが」
カレーか。
いいな、もう長いこと食べてない気がするし。
俺達は水島さんの案内で食堂へと向かった。
もちろん俺の両脇はシスとミキに固められている。
そしてリコは俺の背中にくっついてぶら下がっていた。
「ますたー、ますたー、うち、うちな?」
「ああ、大丈夫だよ。わかってる、わかってる」
「絶対わかっとらんやろ!」
「俺が腹減ったから飯を頼んだんだ。リコは俺の言うことが信じられないのか?」
「む、むぅ……」
リコがグリグリと俺の背中に頭を押し付けてくる。
「ありがとな……」
「ん? なんか言ったか?」
「別に何も言っとらんわ!」
「いてっ! 痛いって!」
「うっさい!」
背中に思いっきり頭突するのはやめてくれ。
割と本気で痛いんだよ!
「美味いな」
食堂のカレーは大きな牛肉がゴロゴロ入っており、とても美味しかった。
水島さん曰く、カレーにはこだわりがありレトルトではなくスパイスの調合からしているらしい。
「だから時々味が変わるのよ」
そしてたまに変な物が出る時もあるとか。
普通のカレーで良かったわねと水島さんは言った。
いや、そんなランダム要素のある食堂ってどうなのよ。
それも人気の一つと聞けば文句も言えないが。
「美味しいね」
「うん、これがカレーか」
シスとミキも満足気だ。
そしてリコはと言うと。
「ひゃらい……」
ちょっと辛すぎた様だった。
「水島さん、バニラアイスって売ってます?」
「ええ、あるけど。どうするの?」
「リコ、ちょっと待ってな」
俺は膝の上からリコを下ろすと、バニラアイスを買いに食堂のカウンターに向かった。
「バニラアイス一つ下さい」
カウンターに着くと食堂のおばちゃんにバニラアイスを注文する。
「はいよ、八十円だ。兄さん随分モテモテだね?」
おばちゃんはアイスを俺に渡しながらそう言ってきた。
「あはは、そういうわけでは」
「いや、私にゃわかるよ。あんた気をつけないといつか刺されるよ?」
「あはは……、え?」
「さ、行った行った。さっきからお嬢ちゃん達がこっちを睨みつけてて怖くて敵わないよ」
手出したりしないから安心しな!
とおばちゃんはシス達に向かって叫ぶ。
まさかと思って振り返るが、シス達はにこやかにこちらを見ているだけだった。
「別に睨んでなんかいないと思いますけど」
「……、あんたは幸せだね……」
おばちゃんはため息を付いて奥へ引っ込んでいった。
何だったのだろうか。
「おまたせ」
「悟、デザートはご飯食べ終わってからだよ?」
「俺が食うんじゃないよ。リコ、ちょっと皿貸して」
「ええけど」
「これくらいでいいかな」
俺はバニラアイスの封を切るとスプーンに一すくいしてリコのカレー皿へ投入した。
「うえっ!?」
「ちょっとパパ、食べ物を粗末にするのはどうかと思うよ」
まぁ、普通はそう思うよな。
「騙されたと思って食べてみ」
「うう、うち、ますたー信じとるから……」
リコよ、ちょっと前にモンスターの餌にされたの忘れてるのか。
いや、今回は本当に大丈夫なんだけどな。
「ん! これなら食べれるわっ!」
「そうか、よかった」
美味しい、美味しいとリコは満足気にスプーンを動かすのだった。
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