第四十三話 汚染
「ますたー、うちな、今不幸やと思うねん」
リコがこちらを向いて微笑みながらそう言ってくる。
その微笑みは、いつもの朗らかなものではなく凄惨さを感じさせるものだった。
「リコ?」
「こないなとこに連れてこられて。ますたー人質にされて。こいつらおらんかったら、その不幸もなくなると思うんやけどどうやろ?」
「それは……」
確かにそうなのだが。
それはこいつらを、この世に居なかったことにするということか?
それは流石にやりすぎだ。
とう言うかそれは出来ないだろ。
一度使った時に何となく理解したが、不幸改変はそこまで万能の力じゃない。
ハッタリか?
「な、なにを言って……」
リコの迫力に雫石さんが怯む。
そして彼が一歩後ろに下がったことで一気に状況が動いた。
「に、逃げろ!」
雫石さんの動揺が他の職員にも伝わったのだろう。
職員の誰かが叫んだ。
「お、おい待て! 契約違反だぞ!?」
雫石さんは慌てて制止するも、一度動き出した流れは変わらない。
「上級封印を自力で解除するような化物相手と準備もせずやり合えるわけ無いだろうが!」
「そもそも俺はこんな話聞いてない! そんなにやり合いたきゃあんただけでやってくれ!」
「お前ら!」
職員は雫石さんを置いて我先にと扉へ殺到する。
そして部屋には彼だけが残った。
「馬鹿な……」
「それで、どうします?」
呆然としている雫石さんに俺は声を書けた。
この有様では引き下がざるをえないと思うのだけど。
しかし、納得してもらわないと俺の明日が心配だ。
国から毎日付け狙われるとか冗談じゃない。
「おっ、お前はっ!!」
色黒の顔を真っ赤に染めて、俺を殺さんとばかりに睨みつけてくる。
先程までビクビクしていたのが嘘のようだ。
しかし、神事省ってのはこんな奴らばっかりなのだろうか。
有事の際にすぐ逃げるんじゃ心配になってしまう。
「えーっと、何もなかったってことには出来ませんか?」
とりあえず俺の希望を提案してみる。
難しいかもしれないが言うだけならタダだ。
「ここまできておいて何もなかったことにしろと? そんなこと出来るわけ無いだろうが!」
ですよねー。
かと言って俺はシス達を渡すつもりはない。
話が平行線を辿ろうとした、その時だった。
「そこまでです」
入り口から制止の声がかかる。
声がした方を見るとそこには水島さんが立っていた。
そしてその後ろにはスーツ姿の男性が複数並んでいる。
「水島……」
雫石さんが彼女の方を見て名前をつぶやく。
来るのが遅いとでもいいたいのだろう。
……、そりゃそうだよな。
考えなくてもここは相手の拠点だ。
逃げ出した職員は、逃げたふりをして応援を呼んできたというわけだ。
いくらリコ達の能力が強力でも、それを上回る能力保持者はそれなりに存在しているはずだ。
それが神事省ならば居て当たり前だろう。
ましてやそれが複数だ。
諦観の念が頭をもたげてくる。
そもそも、仮にここで逃げたとしても一生国に追われるのだ。
どうしようもない……。
「お取り込み中のところ失礼するよ。神事省特別捜査部の平井だ」
そう思っていると、水島さんの後ろからスキンヘッドにサングラスを掛けたごつい男性がぬっと現れた。
雫石さんといい、室内でもサングラスを掛けることが流行っているのだろうか。
スーツがはち切れそうな程良い体格。
頬にある傷は彼が歴戦の勇士であることを言外に知らしめる。
その圧倒的な存在感を前に、俺は抵抗を諦めよう、そう考えた。
「平井さん……、今日は外出だったのでは?」
「予定が早く終わってな」
雫石さんの質問に平井と名乗る男がぶっきらぼうに答える。
そして値踏みするようにこちらを見やると、他の職員をかわして室内へと一歩踏み込んだ。
万事休すか……。
「雫石、お前を神事執行妨害の疑いで拘束する」
「くっ……」
「お前が連れ込んだ冒険者崩れ共も既に拘束済みだ」
え?
どういうこと?
「やれ」
「はっ」
平井さんの号令で、部屋の外に控えていた職員が一斉に室内に飛び込み、雫石さんを拘束する。
「離せ! 私はこんな所で終わる訳にはいかないんだ!」
「いいや、お前はもうおしまいだよ」
「頼む! 後生だから! 女房が! 娘が!!」
「連れて行け」
雫石さんは暴れようとするものの多勢に無勢。
大した抵抗も出来ずに部屋の外へと連れ出されていった。
「神無月君、すみません」
呆気にとられている俺に水島さんが申し訳なさそうに謝ってきた。
「まさかこんなにも早く彼らが動くとは思っていなかったんです」
話を聞くとどうやら雫石さんはダンジョンを神聖視するグループの一員だったらしい。
尻尾は掴んでいたのだが、大本をたどるために泳がしていたと。
「神無月君を部屋に迎えに行ったら居なくなっていたので少し焦りました」
トイレかと思い少し待っていたがいつまで経っても戻って来なかったのでまさかと思いましたが。
と水島さんは続けた。
「本当はもっと早く迎えに行く予定だったのですが、彼の仲間に妨害されてしまいまして」
時間稼ぎ担当まで居たのか。
神事省は随分と汚染されているようだ。
「えっと、それじゃ封印云々の話は?」
「我々としてはそのような事は考えていません。何の罪もない能力者相手に、精霊相手にこのような暴挙を行えばどのようなしっぺ返しが待ってるかわかりませんし」
水島さん曰く、彼らは封印と称して俺の能力を奪うつもりだったらしい。
そんなこと出来るのか。
少し驚きだ。
「能力、そして精霊は人の魂と密接につながっていることが最近の研究で分かってきています。もし能力を無理に剥がすような真似をすれば廃人になってしまうかもしれません」
尤も、これは既にご存知とは思いますが。
と水島さんは続けた。
何で知ってる前提なんだ。
あ、あれか。
俺が研究所のデータベースへのアクセス権限持ってるからか。
あの膨大な研究データの中からピンポイントで必要な内容を読むのは無理があるんだけど。
時間があれば分からないが、俺が権限もらってまだ一ヶ月くらいだし。
「ともかく、巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。この非礼の詫びはまた後日に」
「いえ、お構いなく」
それよりも神事省の汚染の方が気になる。
かなりまずいことになっているのではないだろうか。
「不安、ですよね。ですがそのために特別捜査部がいるのです」
やられっぱなしというわけではないんですよ。
と水島さんは続けた。
「能力者の犯罪だけでなく、身内の捜査もきっちり取り締まっていますから」
「それならいいのですが……」
「さて、立ち話も何ですから腰を落ち着けて話をしましょう。私について来て下さい」
そう言って水島さんは廊下へと向かった。
自分の身は自分で守るしか無いか。
神宮寺先輩が以前警告してきたのは、この事かもしれないな。
そう考えながら俺達は彼女の後についていくのだった。
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