表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/110

第四十二話 封印

 雫石さんの先導に従い、窓一つ無い廊下を進む。

 リノリウムが怪しく光る中、俺と雫石さんの足音だけが廊下に響いた。


「ここです」


 木でできた観音開きの扉を雫石さんが開く。


「ここは?」


 全面板張りの部屋。

 照明は壁際にズラッと並べられた燭台のみ。

 そして部屋の中央には四角くしめ縄が張ってあった。


 雫石さんに続いて俺も中に入る。

 暗くてよく見えないが天井にも何かあるようだ。


「ここは封印の間、能力と精霊を封印するための場所です」

「それは……」


 どういう意味だ。

 俺の精霊、シスやリコ、ミキを封印するということか?

 まさかな。


「君の想像通りです。彼女達はあまりにも強力で、そして危うい存在ですから……」

「……、俺の身には危害を加えないと聞いていましたが?」

「私達は嘘はつきませんよ。君の身には、危害を加えません……」

「彼女達は違う、そうおっしゃるつもりですか」


 雫石さん、それは詐欺だろう。

 ペテン師の言葉だろう。

 俺の身に危害を加えないと言う言葉も怪しいものだ。


「来ましたか」


 雫石さんの言葉に俺は部屋の入口を振り返る。

 そこにはスーツ姿の職員に囲まれたシス達が居た。


「シス! リコ! ミキ! 大丈夫だったか!?」

「「「……」」」


 しかし俺の問いかけには答えず、目を伏せ、黙って部屋の中に入ってくる。

 その口元にはガムテープ、いや、御札が張ってある。


「お、おい、どうしたんだよ?」

「「「……」」」

「彼女達は既に納得してくれています」


 雫石さんは俺の方を見ると朗らかに笑う。

 何が面白いんだ。

 異様な空気の中、雫石さんは続ける。


「君にも納得してもらいたいのですが……」


 納得だって?

 何に納得しろと言うんだ。


「もちろんタダと言いません。特別に我々の管理下にあるレベルⅢダンジョンのコアを三つ、破壊する権利を差し上げます」

「何を言って……?」


 言っている意味がわからない。

 いや、わかりたくない。

 首を振りながらため息を吐く雫石さんの口元に湛えた笑顔が気持ち悪い。


「失う能力の補填ですよ。代わりの能力があればいいでしょう?」

「なっ!?」


 頭に血が上るのを感じる。

 彼女達は、そういうんじゃない。

 サングラス越しでもわかるほど濁った目が俺を見やる。

 その目、その笑み、どこかで見覚えが……?

 いや、今はそれどころじゃない。


「彼女達は俺の仲間なんですよ!?」

「はは、精霊とモンスターがですか? 冗談にしても出来が悪い」


 精霊とモンスターは家畜みたいなものだと雫石さんは吐き捨てた。


「このっ! っ!?」


 雫石さんの胸ぐらを掴もうとした俺の体が固まる。

 何か見えない力が四肢を拘束しているようだ。

 能力か?

 目だけで職員達の方を見ると一人の職員の肩の上に乗っている兎の目が紅く光っていた。

 あれか。

 あいつをやれば……。


「ここに居る者は全員能力者です。それもランクⅥ以上の」

「くっ……」


 一人落とした所で、か。

 だが、まだ他に手はあるはず。

 考えろ、考えるんだ。


「大人しく言うことを聞いてくれませんか?」

「断る……!」

「どうしても、どうしてもですか……」


 誰が、誰が仲間を、家族を売るものか。


 全身の力を振り絞る。

 しかし体は言うことを聞かない。


 シス、リコ、ミキ。

 どうしてお前らは、封印を受け入れるんだ?

 俺はもう、仲間を、家族を失いたくないというのに!


「シス! リコ! ミキ! お前らは良いのかよ!」

「無駄ですよ、彼女達は既に仮封印が施してあります。言葉は交わせませんよ」


 雫石さんは鼻で馬鹿にしたように笑う。

 だから何だ、そんなこと知ったことかと俺は叫び続ける。


「ずっと俺の側にいるんじゃないのかよ!!」


 熱い何かが頬を伝う。

 シスが身じろぎするが、目は伏せたままだ。

 俺の思いは伝わらないのか……。


 懇願する様に彼女達を見つめていると、リコが口元に手をやり、御札を剥がした。


「え?」

「あー、なんやすまんの」


 顔を上げ、てへへと恥ずかしそうに頬を掻くリコ。

 その目線は明後日の方向を向いている。


 え? あれ? 仮封印は……?


「そこまで言われちゃ仕方ないわね」

「うん、だからパパ、泣かないでくれ」


 続いてシスとミキも御札を剥がす。

 二人もリコと同じく、俺と目を合わせようとしない。


「な!? 仮の物とは言え上級の封印ですよ!? どうして剥がせる!?」

「それはほら、愛のぱわーって奴やな!」

「ふざけているのですか!」

「せやかて雫石のおっちゃん、現実はこうやで?」


 そう言ってリコは手に持っていた御札を投げ捨てた。


「そんなばかな……」


 彼女達を囲っていた職員がたじろぐ。

 余程封印とやらに自信があったらしい。


「落ち着きなさい」

「しかし!」

「大丈夫です。次はより強力な封印を施せばいいだけですから」


 そう言って雫石さんが御札を取り出す。

 どうしても彼女達を封印したいようだが、どうも必死すぎるような。

 なんというか他の職員との温度差があるというか。


「いや、封印の話は無しやわ」

「そうね、悟のためだって話だったから仕方ないかとも思ったけど」

「パパ、五つも能力が覚醒したらかなりの負担になると思うから気をつけてね」


 え? そうなの?

 ミキの言葉に俺は少し肝を冷やす。

 いや、そういうつもりはまったくなかったけどさ。


「余計なことを……」


 リコ達を睨みつけながら雫石さんが舌打ちをする。


 マジかよ……。

 国は俺を潰すつもりだったのか?


「どういうことですか?」

「……、リスクについては後で説明するつもりでした」


 なるほどなるほど、そこで判断しろと言うつもりだったと。

 そんな戯言(たわごと)、誰が信じるというのだろうか。


「ともかく精霊の封印は決定事項です。従ってもらいますよ」


 そう言ってサングラス越しに俺を睨みつけてくる雫石さん。

 先ほどまであった冴えないサラリーマンといった雰囲気は霧散していた。


「……、お断りします」

「お前は、国に逆らうつもりか?」


 サングラスの奥に輝く鋭い眼光が俺を貫く。

 思わずちびってしまいそうだ。

 だがここで引く訳にはいかない。

 俺は必死に睨み返した。


「ふっ、良い目だ。だが帰す訳にはいかない」

「どうしても、ですか」

「当然だ」

「関係ないわ。帰ろ、悟」


 シスが職員の囲いを押しのけ俺の側に来て手を取る。


「精霊は黙っていろ」


 雫石さんが苛立たし(いらだたし)そうにシスに言うも、シスは全く聞いていない。


「退いて。なんでうちらがあんたらの言うこと聞かなきゃあかんのよ」

「そうだね、パパのためならまだしも」


 シスに続いてリコとミキも職員を押しのけて俺の側へと歩き出す。

 まるでモーゼのごとく、とまでは言いすぎかもしれないが、囲いにはあっさりと大穴が空いた。

 職員達はリコ達に軽く押されるだけでその道を譲ったのだった。


「どうしても我々に逆らうというのですか?」

「当然だね。ボク達はパパの言う事しか聞くつもりはないよ」


 雫石さんが下を向いてそう呟く。

 他にも何かブツブツ言っていたようだったがミキの声に塗りつぶされ俺には聞こえなかった。


 しかし、俺の言う事しか聞かない、ね。

 割と言うこと聞かないけどな。

 なんてツッコミが出来る空気ではないから黙っておく。


「……、あなた達が大人しく封印されないというのなら、彼がどうなるかわかりませんよ?」


 雫石さんはシス達が言うことを聞かないと見ると今度は俺を盾にし始めた。

 その言葉にシスは顔に笑み(阿修羅)をたたえ、ミキは不快気に眉をひそめる。

 そしてリコは。


「言うたな、ニンゲン」


 その瞬間だった、リコの雰囲気が豹変した。


 目は赤く染まり狐耳がピンと立ち上がる。

 そして、逆立つ尻尾は二本に増えていたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価、感想等いただけると励みになります。

あと↓のランキングをポチってもらえるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ