第四十一話 神事省
中央にパイプ椅子が一つだけ置かれた、窓一つ無い薄暗い部屋。
リノリウムの床が蛍光灯の光を反射している。
防音壁となっているのか、周囲の音は全く聞こえない。
こうも静かだと落ち着かないな。
今日はシス達も側に居ない。
聞こえてくるのは自分の息の音だけ。
携帯電話で時間を潰そうにも入室した時に携帯は預けている。
俺は一人パイプ椅子に腰掛けながら時間がすぎるのを待った。
十分程度経った頃だろうか。
少し船を漕ぎ始めていた俺の耳にドアが開く音が飛び込んでくる。
「お、お待たせしました、神無月悟君」
「いえ」
顔をあげドアの方を見ると、くたびれたスーツを着込んだ四十代くらいの男が立っていた。
細身の体にボサボサの髪、無精髭。
室内なのに黒いサングラスを掛けているのには何か理由があるのだろうか?
「わ、私は神事省、第三調整部、能力開発三課の課長をしている雫石 透と言います。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
低いテンションで俺は挨拶を返す。
ここまでのリアクションはちょっと想定してなかった。
せいぜい神宮寺先生達から注意を受ける程度、そう考えていたのに。
「そ、それではこちらに来てください」
「わかりました……」
そんなことを思いながら俺は雫石さんの後から部屋を出たのだった。
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――プール掃除の次の日の放課後。
俺は特別棟の一階にある神事室に呼び出されていた。
ランクアップした能力の確認をしようと思っていたからちょうどよかった。
それにミキの能力を確認するのをすっかり忘れていたし。
いや、それ以前に報告すらしてなかったな。
……、ちょっと怒られてしまうかもしれない。
しかし怒られる不安よりも能力のランプアップへの期待が大きい。
ランクⅦだもんな。
思わず笑みが溢れる。
日に焼けた首筋を撫でる風が心地いい。
口元に笑みをたたえ、俺は廊下を歩く。
「ここか」
他の教室とは違い、しめ縄が施された観音開きの扉がそこにはあった。
仮にお賽銭箱と鈴があっても違和感がない。
そんなことを思いながら俺は扉を叩いた。
コンコン
「入って」
「失礼します」
入室すると神宮寺先生達が笑っているような困っているような微妙な表情で俺を出迎えた。
その表情を見た瞬間、俺の高まっていたテンションは急落する。
「えーと、ま、とりあえず座って。お茶でいいかな」
「クッキーあるよ、食べる?」
「お饅頭の方がいい? 羊羹もあるけど」
神宮寺先生達が口々に俺に気を使ってくる。
気味が悪いな。
とりあえずお言葉に甘えてソファーに座らせてもらう。
おお、ふかふかだ。
生徒会室のソファーもかなりいいものだったが、ここのソファーの方が上だな。
そんな風に俺が現実逃避をしようとしたものの、シス達の声で現実に引き戻される。
「私はお饅頭で」
「ボクはクッキーかな」
「うち全部食べたいわ」
君達は遠慮という言葉を覚えようか。
それに空気も読もう。
明らかに何か面倒事が発生しているとしか思えないだろ。
「いえ、お構いなく」
「そう? まぁ遠慮しないでよ」
「ちょっといいお菓子を貰えたからね」
「おすそ分けおすそ分け」
呼んだのは自分達なのに何故か話をそらそうとしているように思える。
都合が良かったと思ったが、これはもしや都合の悪い話があるのではないだろうか。
「本題に入ってもらえますか?」
今日はチームメイトと一緒に装備を見に行くつもりだったのだ。
そして久しぶりの外食と洒落込む予定だ。
クラスに綾小路達を待たしているから早く戻りたいんだよね。
「うっ……、えっとね……」
「その……」
「なんというか……」
「えっと?」
ぽすんと俺の前のソファーに三人同じ仕草で座り、同じ仕草で俯く神宮寺先生達。
完全に同調してる動きを見ていると目が回りそうになる。
「「「うう……」」」
しかし促しても何やらもごもご言うだけで話にならない。
かと言って帰るわけにも行かないしなぁ。
こんな見てくれでも一応相手は教師だし。
「もういいですか?」
「え?」
いつの間にか神宮寺先生の後ろにスーツを着た女性が立っていた。
いかにも真面目ですと言った風の黒縁メガネにパリッとしたスーツ。
自信満々に胸を張り、こちらを不敵な笑みで見据えている。
『自分はエリートである』
そう言った思いが伝わってくる。
が、低い身長、幼い顔つき、そして張ってもその存在が確認できない胸部装甲が全てをぶち壊していた。
知覚不能の理想郷と名付けよう。
話がそれた。
しかし、声を上げるまで全く気が付かなかったな。
そういう能力持ちなのだろうか。
「神無月 悟君。私は神事省のエージェント、水島 瞳です」
「は、はぁ」
「今から私について来てほしいの」
「今からですか?」
ちょっと勘弁してもらいたいな。
この後予定があるし。
「ああ、お願いしておいて何だけど拒否権はないわ。強制だから」
「まじっすか……」
ちらりと神宮寺先生達を見やるが、一斉に目をそらされた。
この反応から見るに冗談ではないらしい。
身長的に冗談と思いたいところだが、神宮寺先生達も似たようなものなんだよな。
「それでは神宮寺教諭、この後のことは追って連絡します」
「神宮寺先生……」
一体どういうことなのか、せめて説明くらい欲しいのですが。
「あ、あの、神無月君、頑張って!」
「うん、君ならきっと大丈夫だから!」
「元気で返ってくることを祈ってるよ!」
こやつら俺を見捨てよった。
それでも教師かっ!
「心配しなくても大丈夫ですよ。貴方に危害を加えるようなことはありません」
水島さんはそう言うが、どこまで本当だか。
あまり安心できない。
「ただし、彼の能力について報告が漏れていたこと。これについては後日、皆様とゆっくりとお話させていただきたいと思っています」
「「「!?」」」
一瞬で蒼白になる神宮寺先生達。
能力の報告漏れか。
それはちょっと駄目だな。
ただ、人間のやることだからミスくらいあるだろうに。
うん、ミスは仕方ないよね。
「「「か、神無月君」」」
震えながら俺に助けを求めてくるが、貴女達さっき俺をあっさり見捨てましたよね?
「「「そんな目で見ないで……」」」
俺達は神宮寺先生達の視線を背に受けながら部屋を後にした。
まぁ、シス達も居るし、別に警察が来たというわけではない。
能力の関係でのヒアリング程度だろう。
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「そんなふうに思っていた時もありました」
「何か言いましたか?」
「いえ、何も」
神事省。
ダンジョン関連の各問題に対応するため、五年前に新設された省だ。
十年前に突如発生したダンジョンとモンスター、そして能力者と精霊。
これらの調査は急を要し、調査の音頭を取るためダンジョン調査会が設立された。
しかし政府与野党の対立の影響を受け、調査は遅々として進まなかった。
数少ない成果として、ダンジョンとモンスターは神から与えられた試練。
そして能力者と精霊はその試練の厳しさを見かねた他の神から与えられた恩恵であるということが判明した程度だった。
ダンジョンが発生してから四年後、富士ダンジョンのスタンピードが発生する。
このスタンピードによる被害は凄まじいの一言に尽きた。
死者行方不明者合わせてニ万ニ千人。
建築物の全壊、半壊合わせて五十万戸以上。
未曾有の大災害は全世界を震撼させた。
この事件がきっかけとなり、ダンジョンの調査が本格的にスタート。
ダンジョン調査会は神事庁に格上げとなった。
さらに一年後、神事省となるのである。
各地方のダンジョン調査団体をまとめ上げ、組織化することで人員不足を解消。
独自戦力まで保有する、ある種の特権を持った組織に成長したのだった。
そして俺は今、その神事省の地方局の薄暗い廊下を歩いているのだった。
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