第四十話 夏服とプール掃除
「今日は一日晴れてくれるみたいだから良かったよね」
プールの入口で、綾小路が空を仰ぎながらそういった。
「ああ、普段の行いがいいからだろう」
「皆ごめんね……」
「気にするな、私達は同じパーティーの仲間なんだからな!」
「そうそう、困ったときはお互い様だよ。ね? 神無月君」
「そうだな。遠慮なんてする必要ないぞ」
微妙にしょげている佐倉さんを皆でフォローする。
新緑の風が吹く頃、学校には新たなシーンが追加される。
薄いベールに包まれた先、ほのかに、しかしはっきりと存在を主張するそれ。
矛盾をも優しく包み込む青春の1ページ。
「鈴香はもう夏服に変えたんだ?」
「まだちょっと寒い日もあるからカーデガンは手放せないがな」
「男子の視線が気になるからギリギリまで粘る……」
今日は六月上旬の日曜日。
そして明日は待ちに待ったXデー。
夏服解禁日である。
尤も、準備期間があるので全員が全員というわけではないが。
一週間後には全員夏服となるのだ。
そしてその後には梅雨、雨続きの季節がやってくる。
俺の目の前では綾小路達が三者三様の意見を並べていた。
そして俺はと言うと……。
「何で暗い顔してるの……?」
「そうだぞ! 私の夏服を一日早く見れたのだ、嬉しいだろう!」
「あはは、あまり見られても恥ずかしいけどね」
「そりゃ、なぁ……」
確かに眼福ではあるんだけど。
夏服にはしゃぐミキ達の方をちらりと盗み見る。
先週ミキの制服を買い替えたばかりなのに、もう夏服って。
スクールショップの店員も少しは気を使ってくれても良かったのではないだろうか?
ちょっと我慢していればこの出費はなかったのかと思うとため息が出そうになってしまう。
「ふむ、これは少し恥ずかしいな」
「くっ、大きければいいってもんじゃないんだからねっ」
買ったばかりの制服に身を包み、嬉しそうな顔をしているミキの前ではとてもため息なんてつけないが。
「これが制服なんやなぁ。嬉しいわぁ」
そしてなんとリコまで制服を着ていた。
当然彼女のサイズの制服は売ってなかったのだが、シスが頑張って作ったらしい。
生地も生徒会経由で同じものを仕入れたというのだからその本気度が伺える。
「なんとか間に合ってよかったわ」
「シス、ありがとな?」
「ううん、一人だけ仲間はずれじゃかわいそうだしね」
「シスぅぅ!!」
ひしっと抱き合う二人。
普段のいがみ合いはただのじゃれ合いってことなのだろう。
伊集院先輩に裁縫を教えてもらっていたのはこのためだったのだろう。
料理も裁縫も出来て整理整頓も完璧。
何この子、女子力高すぎじゃない?
「リコちゃん良かったね。似合ってるよ」
「しかしこれはすごいな。プロ顔負けの腕前じゃないか?」
「いえいえ、それほどでもあるけどねっ!」
シスが調子に乗っているが誰も突っ込めない。
それほどの腕前だったのだ。
「来週からプール授業が始まるんだよねー」
「寒い日だと辛い……」
「しばらくは晴れるみたいだが、雨だと休みたいところだな」
なお、リコのスクール水着は小学生用のものをそのまま使っている。
シスは名札をつけただけだ。
それでもすごいけどな、妙に達筆だったし。
さて、何故俺達が日曜日にプールの前に集まっているかというと、これには深い理由があるのだ。
学校のプールは冬の間、水をためた状態で放置されている。
それを利用して園芸部では水草の栽培を行っていた。
その代わりに園芸部員がプールの掃除をしていたのだが、今年は季節外れのインフルエンザが園芸部で蔓延してしまい佐倉さん以外全滅してしまったのだ。
流石に一人でプール掃除をすることは出来ず、さりとてしないわけにも行かないと俺達に助けを求めてきたのだった。
「ありがと……」
照れくさそうに礼を言う佐倉さん。
まぁ俺も役得あるしね。
具体的には皆の水着姿を拝めるっていう。
しかもスクール水着じゃなくて個人の水着っていうね。
いやー、楽しみだなぁ。
神無月のー、簡単プール掃除講座ー。
ぱちぱちぱちぱちー。
六月第一週の日曜日。
時刻は十時を回っています。
天候は晴れ。
気温は三十度を超え、絶好のプール掃除日和と言えましょう。
そんなものあるのだったらですが。
さて、本日は神無月流簡単プール掃除講座を皆様にご覧いただきます。
やることは簡単です。
プールの前に立ってシステムウィンドウを開き、プールの水をその他もろもろと一緒にストレージに格納するだけ。
後は泥水と水草を分けて展開し排水するだけ。
とっても簡単ですね!
以上、神無月の簡単プール掃除講座でした。
「神無月君、ホント便利だよね」
「しかし我々が来る必要あったのか?」
「一人で十分だった……」
いえいえ、ありますとも。
とても重要な役割が君達にはあるんです。
俺のやる気を引き出すという大事な役割が!
いやごめん、これ出来るって気がついたのついさっきなんだ。
決して皆の水着姿が拝みたくて言わなかったわけじゃない。
信じて、トラストミー。
純粋な気持ちで更衣室から出来た彼女達へと首を向ける。
そこには素晴らしい世界が広がっていた。
「今年水着新調したんだけど、どうかな?」
「穂乃果、結構大胆なの選んだよね」
「持つ者と持たぬ者の格差を感じる……」
「佐倉さんもその水着、よく似合ってるわよ」
和気あいあいとこちらに向かって歩いてくる彼女達。
皆、実に健康的で素晴らしい。
首から胸元、そして足元まで玉の肌を惜しげもなく晒している。
それを独占できただけでも日曜日を潰す価値はあるだろう。
「みたいならいつでも着てあげるわよ?」
「パパ、水着好きなんだ?」
「変態やなっ!」
違う、違うんだ。
女子と一緒にプール掃除っていうシチュエーションに憧れてただけなんだ。
決してあまりの暑さに暴走したとかそういうんじゃないんだ。
結局この日はビーチボールで遊んだだけだった。
うん、これはこれでいいものだな。
それにしても良かった。
そう思いながら
ちらりと綾小路さんの方を見ると偶然にも目が合う。
小さく手を振る彼女。
その姿からは彼女を犯していた闇は欠片たりとも感じられない。
「そう言えば神無月君、いつの間に穂乃果のこと呼び捨てにするようになったの?」
「なんか、あった……?」
「えっ!? なにもないって!? ね? 神無月君!」
「ああ、そうだな。なにもないぞ」
何もなくなったのだから。
何もなくしたのだから。
「ただ何となくいつの間にか呼び捨てにしてたって感じだ」
「ふーん? なら私も呼び捨てにしてくれ」
「私も呼び捨てでいい……」
「お、おぅ、わかった」
休み明け、男友達との距離が広がったのは言うまでもないのであった。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第一章完結です。
なんとか夏休み終了日に合わせれてよかった・・・。
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