第二十五話 植木鉢
「それでは種三つは国へと譲渡する。対価の交渉は僕に任しておいてくれ」
「わかりました、よろしくお願いします」
「なに、心配するな。ダンジョンコアの件も含めて必ず期待以上の成果を取ってくることを約束しよう」
「ははは……」
何事もなければ良いんですけどね。
温室の使用は休み開けに学校側の承認を取ってからになると伝えられて俺は神宮寺先輩の部屋を後にした。
こうしてダンジョン調査委員会の遠征は幕を閉じたのだった。
帰りのバス?
皆疲れて寝てたよ。
どうやら俺が寝ている間、ミーティングは紛糾したらしい。
神宮寺先輩もだいぶ責められたようだ。
尤も、彼以上に物事をうまく収められる人が居ないのは周知の事実なので大事にはならなかったみたいだが。
遠征から帰還した俺は、とりあえず佐倉さんにお願いして園芸部から植木鉢を拝借した。
ダメモトでちょっと植えてみることにしたのだ。
「早く芽がでろ柿の種ってなー」
こういうの、結構楽しいよね。
観察日記をつけるのも良いかもしれない。
少しずつ植物が成長していく姿を書くのも乙なものだと思うんだ。
で、翌朝目が覚めたら何か居た。
「やぁ、おはよう」
「……、おはよう」
「今日はいい天気だね、実に気分がいい」
外は土砂降りである。
にも関わらず彼女は窓から外を見ながら天気が良いと感想を述べる。
「たぶんそうだろうなとは思うし、まず間違っていないと確信を持っているんだが。それでも一縷の望みをかけて聞きたいことがある」
「なんだい? なんでも言ってくれ。なんせ僕は君の所有物だからね。何を聞かれても答えるさ」
「もうその時点で答えが出ているようなものだが……。君は昨夜植えた種か?」
もちろんだとも。
と、彼女は振り向き壁に背を当て腕を組むとにこやかに笑った。
「ところで」
と彼女は続ける。
「私の姉妹はどこかな?」
「……、国に譲りました……」
ごめん!
まさかこんなことになるとは思ってもなかったんだよ!
いや、だってそうでしょ?
植物の種植えたら人が生えてくるなんて想像できる人間は人格破綻者くらいしか居ないと思うんだよ。
まともな人間ならまずしねぇ。
よしんば居たとしても俺がそいつをまともだなんて認めねぇ!
「それはよかった、君は実に運がいいね?」
「え? それってどういう?」
「ああ、もう関係がないから気にしなくてもいい」
そう言われると余計に気になるんですけど。
「ふむ、まぁ端的にいうと彼女達は性格が悪い。それだけさ」
「種の状態でそこまでわかるのか?」
「姉妹だからね」
「はぁ……」
「さて、他に疑問はあるかな?」
何にでも答えるという彼女に俺は大切な質問をすることにする。
他のことはさておいても、しなければいけない、答えてもらわなければいけない質問だ。
この回答いかんでは彼女の扱いを変える必要がある。
なんせ相手はモンスターだ。
精霊とは違う。
「ああ、いくつか絶対に答えてもらわなけれえばならないものがあるな」
「ふふ、人間の知的好奇心と言うのは興味深いと思っていたんだよ。是非とも聞いてくれたまえ。答えられる範囲でならなんでも答えよう」
正直に答えるとは限らないけどね、と不敵に笑う彼女に俺は意を決して質問を投げかけた。
「君、ご飯食べるの?」
「ふふふ……。へ? は?」
「寝たり風呂入ったりも必要だよね? 服は自前で出せる? 出せないならサイズを教えてくれ。ああ、靴のサイズもだな」
「い、いや、君何を言っているのかね?」
「それと釣りは得意か?」
「ボクには君の質問の意図がさっぱり理解できないよ……」
なんでも答えると言ったくせに、目を白黒させながらそんなことを言う彼女に俺はため息をつく。
「金がないんだ。自分の食い扶持は自分で稼いでもらうぞ」
「男らしく堂々と言っているようで実に恥ずかしいセリフだな……」
「背に腹は代えられないんだよ」
無い袖は振れない。
衣食足りて礼節を知るって言葉がある通り、どちらかが欠けては男気なんてものは消えてなくなるのだ。
「まったく、この幼気な姿を見て少しは思うところがないのかねぇ?」
「ないな」
「即答か」
元は種ですし。
「やれやれ、少し興味が湧いてきた。しばらくは付き合うとしよう」
「それで、どうなんだ?」
「あーっと、とりあえず全部いる。と、思う」
「そう、か……」
ああ、また財布からかねが消えていく……。
昨日もらったばかりのバイト代は風前の灯だ。
「あー、そんな悲しそうな顔しないでもらえないかい?」
「ええんやで、ええんやで……、俺が責任を取るから……」
「ふむ、では遠慮なく世話になるとしよう。早速だが欲しいものがある。いいかい?」
「聞くだけ聞いておこう……」
「そこは二つ返事で……。いや、いい。そんな目でボクを見ないでくれ」
どんなとんでもないお願いをされるかわからないのに応えられるわけ無いだろうが。
まったく、少しは考えてほしいものだ。
「名前、付けてもらえないかい?」
「ん、名前ないのか?」
「さっき生まれたばかりだからね」
そう言えばそうだよな。
昨日まで種だったんだし、あるわけがないか。
「そうか。……、ならミキっていうのはどうだ?」
「ミキ、ね」
「気に入らないなら他の名前を考えるぞ」
「とんでもない。始めてもらったプレゼントだ、大切にするよ」
「そうか、これからよろしくな。ミキ」
「うん」
一拍開けると彼女はその見た目に似合わない妖艶な微笑みを湛え。
「よろしくね、パパ」
と、のたもうたのだった。
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