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第二十一話 異常

「他のエリアでは特に変わったことは起きていないようだ」


 翌朝のミーティングで神宮寺先輩がそう切り出してきた。


「北東エリアだけで異変が起きている訳ですか」

「そうなるな」

「一部のエリアだけの異変ですか、全体ならわかるのですが。少し気になりますね」


四月一日先輩が少し眉を寄せながら不安を口にする。


「ダンジョンは未だわからないことが多い。念のため今日は各班の距離を詰めて探索しよう」

「そうなると帰るのが少し遅くなりますね」

「仕方あるまい。元々それくらいの予定だったんだ」


 俺の能力のお陰で各班とモンスターの位置をリアルタイムで把握でき、かつナビゲートできるから緊急時の救援もすぐ出来る。

 だから班と班の距離を広めに取れるようになったが、そもそも俺は出発前日に急遽追加となった人員だからな。

 昨日早く帰れたのは運が良かったと言うだけなのだろう。



 ミーティングを終えた俺達は水晶の林へと向かった。


 昨日とは打って変わって空には黒い雲が広がり、今にも雨が降り出してきそうな天気の中、俺達は水晶へと急ぐ。

 水晶の林には昨日とは違い多くの学生がいた。

 なるほど、帰還する時間はバラバラだが開始時刻はほぼ同じだもんな。

 俺は納得すると昨日の水晶の所へと向かった。


「水晶を間違えるなよ、全く違うところへ行ってしまうからな」

「はい、伊集院先輩達からはぐれないようについていきますから」

「おー、かわええのぅ、かわええのぅ」


 俺の言葉に反応して伊集院先輩がニヤニヤとこちらを見てくる。

 昨日のことを思い出してしまい、思わず目をそらしてしまった。


「からかわないでくださいよ」

「また揉んで見る?」

「もう大丈夫ですって……」


 完全に弱みを握られた感があるよな。

 俺、このネタで一生からかわれそうな気がする……。


「悟、私のも良いんだよ?」

「うちもええでっ!」


 だまらっしゃい。



 十五階層へ移動した俺達は昨日に比べて密集した状態で探索を続けた。


「ふぅ、今のところ何もないね」

「このまま終わってくれると良いんですけどね」


 三時間後、雑談をしながら昼食を取った。

 各班それぞれ適宜(てきぎ)休憩を取っているので俺と伊集院先輩はあまりゆっくりも出来ないが。


「今十九階層だっけ?」


 伊集院先輩がウインナーを咥えながら聞いてくる。


「はい、今日の目標まで後六階層です」

「そっか、がんばらないとねっ!」


 伊集院先輩はぷちんとウィンナーを噛み切ると気合を入れるようにぐっと手を握った。

 ひゅんっとしてしまったのは内緒だ。


「よし、それでは行こうか」

「はい」


 それからもダンジョン探索は順調に続いていった。


「あー、二班がアイテムドロップしたって」

「まじかー、羨ましい」

「何がドロップしたんだ?」

「なんか大きめの袋らしいよ」

「ってことはマジックバックとかかな」

「帰って鑑定してみないとわからないけど、その(たぐい)かもね」


 ドロップアイテムは一回の調査で一つ落ちるか落ちないか程度しか期待できないらしい。

 そう考えると今回の調査ではもうドロップしないかな。

 少し残念だ。

 まぁ二個以上ドロップした事もあるらしいからまだわからないけど。


「ふぅ、今日も特に何もなかったか。モンスターの異変は杞憂(きゆう)だったのかもしれないな」

「霜月先輩、まだ後一階層ありますから」

「ああ、わかっている。だがこうも何もないと気が抜けてしまうな」


 真面目な霜月先輩ですらこの状態だ。

 他のメンバーは推して知るべしだな。


「神宮寺先輩もモンスターの様子を見るって行っちゃったしなー」

「他の三年生も神宮寺先輩と一緒に行っちゃったしね」

「なんかダンジョンの作りが少し変わってるって言ってましたね」


 地図にない通路やルームが出来ているそうだ。

 過去、そういったケースもないわけではないがこんな上層で発生したことはないらしい。


「そんなこともあるのかね」

「既存の地図が使えなくなるってのは結構痛いですけど」

「まぁ神無月君の能力があれば地図の再作成はそんなに難しくないし。また作れば良いんじゃない?」


 微妙に弛緩する空気。

 油断としか言いようがなかった。


「あれ? これは……」

「ん? どした?」

「大きい反応が一つ、五つ先のルームにあります」


 それにしても、なんか変だな。

 俺はマップを見ながら少し考え込む。

 妙にダンジョンが整然としているというか。


「お、エリアボスかな。伊集院、神宮寺先輩に連絡頼むわ」

「おっけ。すぐ連絡するからちょっとまってね」


 だが、その疑問もエリアボスという言葉にかき消される。

 心拍数が上がり、思わずつばを飲み込む。

 以前遭遇したボスを思い出す。

 吹き飛ばされる伊集院先輩、振り向けば地べたに倒れる霜月先輩と猫屋敷先輩。

 やばい、結構トラウマってたのかも……。


「悟」

「ますたー」

「え?」

「大丈夫だから、ね?」

「うちらがおるやん」


 いつの間にか握りしめていた拳をシスとリコの手がそっと包み込む。


「すまん、大丈夫だ」

「うん、分かってる」

「うん、分かっとるで」


 ふぅ、テンパってしまったが落ち着いてきた。

 二人には恥ずかしいところを見られてしまったな。


「それにしても漸く(ようやく)かー」

「アイテムドロップすると良いんだがな」

「神無月の能力もあるし、期待大っしょ」


 出なかった時が怖いからやめてほしいんですけどね。

 とは言え、俺も期待してはいるのだけれど。


「神宮寺先輩から連絡、一つ前のルームに集合だって」

「うっし、気合い入れていくぜ!」

「ああ、頑張ろう」


 俺は再度マップを確認してモンスターの位置を確認するとシステムウィンドウを閉じた。


 後から考えると、まだ冷静になりきれていなかったのだろう。

 この時に俺が気がついておくべきだったんだ。

 周辺のルームの数がやたらと多いことに。

 そしてそのルームが碁盤の目状に配置されていたことに。

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