第百八話 もう一度、君のそばに。
「兄さん、兄さん起きてよ」
「ん……」
目を開けると、綺麗な瞳が俺を覗き込んでいた。
「誰……?」
「酷いね、兄さんはボクにそんな事を言うのかい?」
瞳をくわっと開き驚愕の表情を浮かべる美少女。
彼女は……。
「……、いや、すまん。寝ぼけけていたみたいだ」
彼女は、俺の妹の美樹。
一瞬出てこなかった。
ボケが始まってるのかね?
というか、何で俺の部屋に勝手に入っているんだ。
え?
時間になっても起きてこないから起こしに来た?
ソウデスカ、スミマセン。
「そうかい? それじゃ、なにか言うことは?」
「おはよう、ミキ。今日もきれいだね」
「ふふ、ありがとう。兄さんも今日もかっこいいよ」
そう言って微笑み手を握りしめてくる。
うん、可愛いは可愛いけど、所詮妹だからなぁ。
でもその柔らかさは堪能させていただきます。
朝からごちそうさま。
「はいはい、ありがとさん。とりあえず着替えるから出てってくれ」
「手伝うよ」
「いらん」
美樹を追い出すと机の上に用意されていた制服に腕を通す。
なんとは無しに誰も居ない部屋を見渡すと何かがチクリと胸を刺す。
「なんだ……?」
違和感を覚えるが何かわからない。
首を傾げながら俺は自室の扉を開け、リビングへと向かった。
廊下に出ると、トーストの焦げる匂いがする。
今日の朝ごはんの当番は莉子だったか。
黒焦げトーストに潰れた目玉焼き、それにまるごと野菜のサラダってところかな。
あいつあまり凝ったこと出来ないし。
来年は中学生に上がるんだし、そろそろまともに料理もできるようになったほうがいいと思うのだが。
なんて言うと朝飯抜きになりそうだから言えないけど。
「悟君、おはよっ!」
「伊集院先輩、おはようございます」
朝ごはんを食べて玄関に出ると丁度伊集院先輩がうちの前を通るところだった。
彼女は父の姉の娘、従姉妹にあたる人だ。
家は近いものの、先輩は生徒会の仕事でいつも早く登校……しなければいけないはずなのだが大体遅刻しているらしい。
それでいいのだろうか。
「そんなつれない言い方しないでよ。昔みたいに灯ちゃんって呼んで?」
「いや、流石にもうそんな歳じゃないですし」
そんな呼び方、こ、恋人じゃあるまいし……。
「何よー照れちゃっても-。可愛いんだからっ!」
「ちょ!! やめてくださいよ!?」
腕に! 腕にあたってますから!!
彼女にからかわれながら俺は学校へと足を進める。
騒がしすぎるはずなのに、なぜか空虚さを感じながら。
「神無月君おはよっ!」
「おはよー……」
「何だ神無月、元気がないじゃないか!」
「ん、おはよ。なんか今日はテンション上がらなくてさ」
教室に入ると入り口に固まっていた綾小路達に捕まり挨拶を交わす。
「今日はいい天気だし屋上で御飯食べよっか?」
「んー、そだな」
彼女達とは良く昼食を一緒にする。
しかし何故一緒に食べることになったんだっけ?
……思い出せないな。
「ほらー、座ってー。朝礼始めるよー」
声のした方を見るが誰も居ない。
「おい、神無月。喧嘩売ってるるのか? 買うぞ? めっちゃ高値で買うぞ?」
いや、分かってますって。
ただの冗談ですから。
水島先生、すぐムキになるからからかってて楽しいんだよな。
やりすぎると泣かれそうだから気をつけないといけないけど。
「ほら、さっさと席に戻って」
「はーい」
水島先生にせっつかれながら俺は自分の席に向かう。
「おい、聞いたか?」
「何をだよ」
席につくなり俺の後ろに座っている山下が話しかけてくる。
だが、いきなり言われても何のことかわからないと言うに。
「転校生、でしょ?」
「転校生?」
俺の席の前に座っている平沢が半分振り向きながらその爽やかフェイスを俺たちに向けてくる。
やめて、その輝き、俺達地底人には毒なのよ。
「イケメン爆発しろ」
「いきなりひどくない!?」
「そこ! 静かにしてってば!」
っと、行けないいけない。
もうショートホームルーム始まってるんだった。
「はい注目ー!」
そう言って水島先生は出欠簿をバンバンと叩く。
「今日は、皆さんに殺し合いをしてもらいます」
……。
静まり返る教室。
赤くなっていく水島先生の顔。
「じょ、冗談です!」
うん、そんな照れるくらいならボケなくていいのに。
まぁそこが水島先生のいいところなんだけどさ。
「えーっとえーっと、はい、今日は皆さんに紹介する人が居ます! なんと、うちのクラスに転入生が来ることになりました!」
心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。
「男子は喜びなさいよ? それも女の子です!」
思わず喉を鳴らす。
「さ、入ってきて!」
「失礼します!」
背中に向けて流れる髪の毛。
細くしなやかな指先。
「今日から皆と同じクラスになります。|天使 静香«あまつか しずか»です! よろしくお願いします!」
懐かしく、心温まる声。
そして俺を見つめる、ぱっちりと大きな瞳。
拍手で満たされる教室。
たくさんのクラスメートがいるはずなのに。
彼女は、俺だけをしっかりと見つめ、そして……。
「シス……」
「悟!!」
不意に口から出た言葉に反応したのか、全力で走り出したと思うと俺に飛びついてきたのだった。
「ぐあっ!? あ、あぶねえだろこのおバカ!!!」
「悟! 悟!」
「ちょっ! おちつけ! っておい!! 鼻水つけるな!!」
俺の胸にグリグリと顔を押し付ける彼女。
周りからの視線が痛い。
「え? なに? 二人は知り合いなの?」
「どういう関係!?」
「え、うそでしょ……?」
「伊集院先輩かわいそー……」
教室に疑問の声が満ちる中、感じていた空虚感はいつの間にか霧散していたのだった。
これにて完結です。
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