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第百七話 神は天にあり、世は全て事もなし

「それで、どうして急に襲ってきたか、教えてもらっても?」

「……、敗者は勝者に従おう」


 うん、堂々とそう言い放たれるとどちらが勝者か分からないです。はい。

 俺勝ったんだよね?

 勝ったはずなのに腰が引けてしまうのですが。


「神託だ」


 そんな俺の思いを置いたまま、神宮寺先輩はその一言を発した。


「神託?」

「ああ」


 なんでも神託で俺を亡き者にするよう、指示があったそうだ。

 もちろん、祝福を授けられた者を今度は殺せと言うのは流石におかしいと彼らも非常に困惑したらしい。


「それでも従うというやつは多くてな」


 神託であれば盲目的にそれに従う。

 そういう奴も一定数存在しているらしい。

 そうであるならば神宮寺先輩が先陣を切った方が全体を御せると踏んで先鋒となったそうだ。


「尤も、あっさり負けてしまったがな」


 そういう神宮寺先輩はとても晴れやかな表情を浮かべていた。


「これで俺も用済み、自由の身というわけだ。感謝するぞ、神無月」

「え? それはどういう……?」


 先輩の笑顔に俺は疑問を投げかけ。


「ほんっと、情けないなぁ! あんたそれでも神宮寺家の人間なの? それも九頭龍なんでしょ?」


 しかしモドキの声にかき消される。


「申し訳、ありません……」

「ほんとに使えない。まぁ、消耗はしてるでしょ。ほら、伏せている奴ら早くでてきなさい。あいつを捉えるのよ」


 神宮寺先輩に唾を吐きかけた後、モドキは森に向かって声をかけた。

 しかしなにもおこらなかった。


「え? ちょっと、ねぇ! 早くでてきなさいよ!」


 モドキは森に向かって声をかけた。

 しかしなにもおこらなかった。


「なに、どうなってるのよ……」


 モドキが困惑していると、薮が動き出し人影が現れる。

 それを見て喜びの表情を浮かべるモドキ。


「お、遅いじゃない! ……、?」


 だが。


「パパ、遅くなったかな?」

「ミキ、ちょうどいいタイミングだったよ」


 ミキが藁の束、もとい、簀巻きとなった追手を引きずりながら木陰から出てくる。

 うん、それなりに数が多いな。

 だが、そこまで質は高くない気がする。


「そ、そんな……」


 蒼白となる彼女に俺は告げる。


「さて、モドキ。いや、荒御魂といったほうが良いか?」

「……、分かっててそんな態度とってるの? 不遜ね。跪いて許しを請いなさい」

「ミキ。やれ」

「うん、もう逃さないよ」

「な、何を!? グアッ!」


 夢の世界ではさんざん逃げ回られたが、こっちの世界ではそうは行かない。

 それに完全に捕捉した。

 もう逃さないぞ。

 絶対に、絶対にだ。



 夢の世界での試練。

 試練により能力のレベル、覚醒度が最大まで上がったことで出来るようになったことはたくさんある。

 そして、システムウィンドウと侵食の二つの能力を併用することで、俺は神事省管轄の機密データにアクセスすることができた。

 上位の冒険者しか閲覧出来ない情報に、俺の求めていた真実は隠されていた。


 十年前に突如出現したダンジョンとモンスター。

 それは信仰をなくした世界に絶望し、四魂に別れてしまった一柱の神の暴走によるものだった。


 荒御魂はまず、和御魂、幸御魂、奇御魂を封じ、次いで他の神々を零落させていった。

 自分が世界のすべてを支配しようとしたのだ。


 渋々ながらも自らに従う神は、ダンジョンコアとして生きながらえさせ、各地に配した。

 そして最後まで歯向かった神は、その魂魄を砕かれてしまったのだ。

 もちろん、魂魄を砕かれたとは言え一柱の神である彼らは、人の精神へと隠れ潜み機会を伺う事となった。

 神の力の一端。

 それが精霊、そして能力だったのだ。


 俺の両親はダンジョンと能力について研究をしていた。

 そして、研究の結果、ついに和御魂の封じられていた石を発見した。

 だが、時を同じくしてその動きを荒御魂に気づかれてしまい、和御魂の封印を途中まで解除したところで果てたのだった。

 その和御魂こそ、システムウィンドウの精霊、シスだったというわけだ。


 つまり、俺の、俺の両親の仇は……。

 目の前にいるモドキ、いや、荒御魂だ。


「わ、私を、殺したら……」

「シス達も消える。そういいたいんだろ?」


 俺は冷めた目で彼女を見つめる。


 機密データベースには和御魂のことまでしか書いていなかった。

 だが、俺は何度かモドキいや、荒御魂と接触した際に少しずつ侵食、情報を吸い出した結果、ある確証を得た。

 幸御魂はリコ、奇御魂はミキだったのだ。


 そして荒御魂を砕けばどうなるか。

 元は同じ神の分御霊だ。

 荒御魂が他の御魂を砕かず、封じたのもそれが理由だしな。

 そんな事は知っている。


「なら……」


 こいつを封じたところで一度動き出した歯車は止まらない。

 ダンジョンは、既に各地にばら撒かれてしまったのだ。


 止めるためにはこいつを殺すしか無いだろう。

 しかし『そのためにシス達を手にかけられるか?』と言われれば当然答えはノーだ。


 だが、荒御魂は力強い魂だ。

 封印しても直ぐに自力で封印を解き、再びシス達へと襲いかかるだろう。


 元の一柱に戻せればいいのだが、一度割れた魂はもう二度と元には戻れない。


「だから、俺は……」


 本当は、もっと一緒に居たかった。

 せめて、別れの言葉を伝えたかった。


 だが、運命への干渉、世界の記憶の書き換えはこいつが目の前にいる今しかできない。

 それを行えば『全てをなかったこと』に出来る。


 いつか、こんな日が来るとは思っていた。

 遠い、遠い記憶の彼方。

 小さい頃、親をなくした俺を撫でてくれた温かい手。

 今ならわかる。


「シス」

「ん」


 隣に立つシスを真っ直ぐ見つめる。


「いままでずっと見守ってくれてて、ありがとう」

「そっか……。もういいのね?」

「ああ」


 辛くないと言えば嘘になる。

 悲しくないと言えば嘘になる。

 だが、それでも今日の俺は、嘘つきになろう。


「もう、大丈夫だ」


 ひび割れそうな、心のあげる叫びを無視し俺は虚言を吐く。


「わかった、大きく、なったね」


 そう言って微笑む彼女に踵を返し、荒御魂に向かって能力を使う。


「システムウィンドウ展開」


 思えば一年にも満たない短い時間だった。


「荒御魂を経由し、アカシックレコードへアクセス」


 だが、一年とは思えないほど濃密な時間だった。


「侵食発動、改変コード『神は天にあり、世は全て事もなし』」


 そして、光が世界に満ちた。

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