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第百四話 七難八苦

 願わくば、我に七難八苦を与え給え。

 そんな事を言った偉人が過去にいたらしい。

 だが、俺はただの冒険者志望の一般人だ。

 冒険者は冒険をしてはならない。

 俺にはこの言葉の方が、過去の冒険者達が作り出したこの言葉の方が合っていると思うのだ。


 そんな事を考えている俺の耳に風切り音が聞こえた。

 なんてことはない、ただの鉄の棒がかすっただけだ。

 強いて言うのであればその鉄の棒の持ち主は赤鬼と呼ばれるモンスターであり、その鉄の棒が壁にめり込んでいるあたり当たれば即死だろうなってことくらいかな。


 神託によれば、今俺が立たされている状況は祝福によるものらしい。


「呪いの間違いだろ……」


 怨嗟の声が口から吐いて出る。


「悟! 右の通路から来てる!」

「わかってるよ……」


 そうぼやきながら俺はシステムウィンドウを追加展開、通路の向こうにいるモンスターへと叩きつけた。

 今日で何日目だろうか。

 この素敵なハッピータイムを味わうのは。


「ここで受けた傷、そのまま現実になるんだもんなぁ」


 夢の世界でのトレーニングのはずなのに、全く理不尽過ぎる。

 というか、夢の世界のメリットがまったくないのではなかろうか。

 普通傷つくことがないから無茶なトレーニングができるとか、傷だらけになっても問題ないとかじゃないの?

 初日、夢の世界だからと無茶をした挙げ句、朝起きたらベッドが血まみれになっていたことは記憶に新しい。

 まぁ、汚れは全く無かったわけだが、気休めにもならない。


 夜、寝ている間に消耗しているせいで全く遊べる状況ではなくなっていた。

 綾小路達はウィンタースポーツを楽しんでいるというのに、畜生。


 破裂音がため息を吐いた俺の至近で炸裂する。

 だが、爆風や撒き散らされた鉄くずは運良く俺を掠めることもなく違う方向へと飛んでいった。


「ますたー、大丈夫け?」

「あんまし大丈夫じゃない……」

「んあー。まぁ、しゃなーないやん?」

「……」


 リコが苦笑いしながら俺の腰を叩く。


「悪いことばかりやないし。な?」

「まぁそうだが」


 命がけでハイレベルな戦いを繰り返すことで能力のレベルは上がり、覚醒度も直ぐにカンストしてしまった。

 SSS+?となっていた。

 『?』ってなんだよ、『?』って。


 一度神宮寺先輩に相談したが、モルモットになりたくなければ秘密にしておくように言われてしまった。

 うん、つまりそういうことなのだろう。

 ただでさえ、俺はイレギュラーな存在みたいだし。


「パパ、進路クリア。付近に敵は居なさそうだよ」


 獣型のモンスターにまたがってミキが戻ってくる。

 その背中には多くのモンスターが彼女に付き従っていた。

 彼らの額をよく見ると、葉っぱが生えている。

 その植物は『ヤドリギ』というらしい。

 モンスターに植えるとミキの言うことをよく聞く良い子になるそうだ。


「ん。それじゃ行くか」


 大物は俺とシスが撃破し、防御はリコに任せ、そして抜けてきた小物はミキの操るモンスターが狩っていく。

 凄まじい勢いで能力を使いまくっているおかげで精神力的な何かがごっそり減るが本体は寝ているおかげかあっという間に回復していく。

 だが、削り取られたことによる消耗はそのままだ。


 俺は重たい足を引きずりながら、次のフロアに続く階段へと向かった。



 七難とは、火難、水難、風難、刀杖難、鬼難、枷鎖難、怨賊難を表しているらしい。

 そして八苦とは生死老病の四つに、親愛なる者との離別の苦、恨み憎む者とも会わねばならない苦、求めるものが得られぬ苦、五感より生じる苦を加えたものらしい。

 まぁこの辺りは経典によって違うらしいけど。


 閑話休題。


 俺は目の前の光景を見て、『ああ、最後の苦が来たか』そう思わずには居られなかった。

 苦虫をかみつぶすような表情をしている俺に向かって、ねめつけるような視線を向けるソレ。

 そんな気はしていた。


「ずいぶん早い到着で」


 しめ縄が施された大きな岩の上に鎮座する巫女服の少女。

 加奈多ちゃんモドキである。

 うん、次からモドキって呼ぼう。


「ああ、道中エスコートありがとう。おかげで迷わずこれたよ」

「そうですか。それはよかった」


 モドキは口元に笑みを湛え立ち上がるが、目は冷たいままだ。

 俺も軽く腕を広げ言葉を返す。


「はは、できれば来たくなかったんだけどね」


 本心である。

 尤も、それは向こうも同じなのだろうが。


「そんな冷たいこと、言わないでよ」


 彼女の言葉と同時に、俺の後ろから何かが砕ける音がする。

 不可視状態で展開しておいたシステムウィンドウが攻撃を防いだのだろう。


「そうは言ってもな。急にこんなところに無理やり呼び出されたら悪態もつきたくなるものだろう?」

「まぁそれは分からなくもないけどね?」


 岩の上を舞う様にステップを踏むモドキ。

 もちろん舞っているのではない。

 俺とシスの操る多数のシステムウィンドウを躱しているのだ。


「早いところ俺達を開放してほしいんだがな」


 俺達の周辺を爆炎が、爆風が駆け巡る。

 だが、俺達には近づけない。


「おっと」


 モドキの足元の岩が大きく割れる。

 足元を取られそうになるが何とか躱す。

 だが、まだ終わってはいない。

 体勢を崩したモドキに向かって岩の隙間から植物の槍が飛び出した。


「ぐふっ……!」


 体が泳いでいたモドキは避けることも出来ず、その腹に多数の槍を生やすことになるのだった。

おまたせしました。

後数話で完結させますので今しばらくお付き合いくださいな。

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