第百二話 地獄の釜
「単騎で、ですか……?」
「あ、ああ」
神宮寺先輩が俺から視線をそらし気まずそうにそう答える。
目の前には大きな赤い鳥居。
此処から先が、催し物とやらの舞台だ。
鳥居の先からは不穏な気配、いや、殺気と血の匂いが流れ出てきている。
うん、これ、明らかにダンジョンだよね。
ダンジョン、多数のモンスターとトラップが侵入者を拒む神の作りし試練。
冒険者はこれにチームで挑み、時には脱落者を出しながら攻略を進めている。
それを、俺一人で?
何の冗談ですかね。
いや、レベルⅠダンジョンならなんとかなるかもだけどさ。
「流石にこの規模のダンジョンを単騎は自殺行為としか言えないのですが」
「失礼なことをおっしゃいますな。こちらはダンジョンにあらず。神域でこざいます」
俺が苦言を呈すると、すかさずコウさんが訂正してくる。
いや、神域って言っても実質ダンジョンだよね?
中にはモンスターが居るし、ダンジョンコアも確認されてるんだよね?
「神域でございます」
「そないですか……」
ダンジョン、もとい、神域はレベルⅣ相当と聞いている。
これじゃ、催し物どころか処刑じゃないか。
「中層にある社にお供え物を置いてくれば良いんですよね?」
「ああ、そうだ」
不幸中の幸いか、目的地は最下層とかではない。
しかしだから何だというのだ。
レベルⅣ以降のダンジョンではモンスターの質がグッと上がる。
筋力や素早さもそうだが、知能が発達してくるのだ。
モンスター同士の連携や、ダンジョンにある罠を効率的に使ってくる。
「それで、お供え物がこいつですか」
「……」
今回神託により要求があったお供え物。
それは巨大な雪だるまだった。
うん、意味がわからないよ。
「神様が考えることはわかりませんね」
「神無月様、神様の考えを慮るなど人には過ぎた行いですよ」
「そう、ですね……」
だが、雪だるまがお供え物って。
これ、俺だからどうにかなるけど他の人だとどうにもならないだろ。
「それでは頼むぞ」
「はい……」
拒否権があるわけもなし。
俺は肩を落とすと多数のギャラリーが見守る中、鳥居の先へと足を踏み入れた。
――十分後。
「く!?」
真紅の熱線が眼前を掠める。
タンパク質が焦げる匂いが辺りに広がる。
辛うじて躱せたものの、前髪が数本もって行かれたらしい。
「GYAAAAAA!!」
「ちっ!!」
体勢を崩したところへ鎧武者の姿をしたモンスターが炎を纏った刀を上段に構えて迫ってくる。
「はっ!」
システムウィンドウを一閃、胴を薙ぎ払う。
が、その一撃は片腕で防がれてしまった。
「こいつら本当に高層のモンスターかよ!?」
「悟! 集中!」
「っ! わかってる!!」
思わず悪態をつくもシスに注意され再び戦闘へ注力する。
正面のモンスターがシステムウィンドウを片手で抑えながらこちらににじり寄ってきている。
オーガですら吹き飛ばしたことのある俺のシステムウィンドウをあんな細い体で防ぐとは。
一体何だというのだ。
そりゃある程度は覚悟していたさ。
しかしここまでとは予想していなかった。
「っ!!」
嫌な予感がして正面にシステムウィンドウを追加展開する。
それと同時にモンスターの体から槍が多数飛び出してきた。
さらに追撃とばかりに切っ先から炎が吹き出しシステムウィンドウを舐める。
「はぁ!?」
システムウィンドウの展開が間に合い、何とか弾いたものの一歩遅れてたらと考えるとゾッとする。
まさかのフレンドリー・ファイア。
いや、違うな。
「おいおい、それってありなのかよ?」
自らを囮にして俺にスキを作ったのか。
なんて奴らだ。
「くそ、殺意高すぎるだろ」
モンスターの武装のレベルが考えられないほど高い。
それと合わせてトラップの嫌らしさもこれ以上無いほどだ。
通路も狭く、細かい起伏が多数あるせいでシステムウィンドウを多く展開できない。
最初は四方を覆って進もうとしたのだが、隙間から炎を吹き込まれてしまいそれも頓挫した。
「誘われているんだろうが、行かざるを得ないな……」
「せやなぁ」
「他に道はない、かな」
次の層へと進む道だけ、他の道に比べて目に見えてモンスターやトラップの数が少ない。
そして、どこから回り込んできているのか戻るための道にはびっしりとモンスターが詰まっていた。
「神ってやつは……!」
性格が悪すぎる。
そんなことを思いながら俺達は先へ先へと導かれるように進んでいった。
「今度は何だよ……」
高層から中層へと足を踏み入れると、周囲の雰囲気が大きく変わった。
足元は石から畳へ、壁は岩から障子へとそれぞれ変わっていた。
「ん……?」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
どこか既視感を覚えたが気のせいだろう。
初めて来たダンジョンなわけだし。
「とりあえず先へと進むか」
「せやな、ここにずっとおってもしゃーないし」
俺は歩みをすすめると障子を開けた。
「あ、お兄ちゃん、どうしたの?」
「え?」
するとそこには加奈多ちゃんが居たのだった。
「こんな所に来るなんて珍しいね?」
「加奈多、ちゃん?」
「うん、そうだよ?」
どういうことなの。
「パパ、下がって」
「ミキ?」
混乱する頭でミキの指示に従い一歩下がる。
「なーんだ、つまらないの」
「……、お前は、何だ?」
「あーあ、バレちゃった。余計なこと言わないでよね」
ちぇっ、と舌打ちをしながら立ち上がるそれ。
そしてこちらを見ると、加奈多ちゃんには似合わない、凄惨な笑顔で微笑んだ。
「あら? あらあらあら? クスクス……」
「何がおかしい?」
「ううん、ふふ。お供え物、なくしたんだと思って」
「はぁ?」
「壊された? それとも溶かされた?」
ああ、なるほど、理解した。
ここまで細い通路だったのも、敵が妙に炎を使ってきたのも、それが理由だったのか。
「ふふ、お供え物がないならこれから先に進んでも仕方ないでしょ? 帰れば?」
帰り道はモンスターで埋まっているというのを知っているだろうに。
まぁいい。
「一応ここまで来たからな。せめてゴールまでは行きたいんだが」
「仕方ないなぁ。特別に案内してあげるよ。フフフ」
そう言ってそいつは俺達に背を向けてついてこいと言ったのだった。




