第九十九話 通りゃんせ
「止まれ」
加奈多ちゃん、いや、ソレが数字を読み上げ終わる。
俺は自分の位置がバレないように息を潜めた。
「どこかなぁ……?」
ソレはクスクスと笑いながら俺を探すために一歩を踏み出す。
大丈夫だ。
気づかれていない。
後は上手く誘導してやればいい。
「あれぇ……、どこぉ……?」
部屋をぐるぐると徘徊するソレを見ながら俺はタイミングを計る。
もう少し、あと少し……、今!
ソレが俺のすぐ近くを通過した直後、ハンカチを落とす。
パサリとハンカチが音を鳴らすと同時にソレは振り向いた。
「……、見ぃつけたぁ!」
そして、ものすごい勢いでハンカチの方へと突進。
柱へと衝突した。
部屋の四隅にある柱、その一つに頭から突っ込んだソレ。
しかし予想に反して柱は破れる事無く、衝撃音とともにソレを跳ね返す。
おいおい。
どこから突っ込めばいいんだよ。
その瞬発力、普通にしていてはとてもではないが避けれない。
体当たりを生身でまともに受けていればただでは済まなかっただろうことは衝撃音から理解できた。
それだけの勢いで衝突されたはずなのにソレを跳ね返した柱。
当然のように周囲の障子も破れていない。
「おかしいなぁ……」
いや、今はそんなことを考えている暇はない。
チャンスは、一度きり。
起き上がったソレはハンカチの周りをぐるぐると回る。
心臓の鼓動が早まる。
この音で気づかれてしまわないだろうか。
そんな思いが脳裏をよぎる。
「違ったのかなぁ……」
首を傾げながら柱に背を向け、中央へ向かおうとするソレの隙。
この一瞬を待っていた。
「っ!!」
俺は梁から飛び降りるとソレの目隠しを奪い取る。
「ぎゃあああああああああああ!?!?!?!?」
「なん、だ?」
目隠しを取ると同時に、ソレは悲鳴を上げた。
そして体がひしゃげたかと思うと、何かに吸い込まれるように、消えた。
「……、勝った、のか?」
俺一人部屋に残され、再び部屋には静寂が満ちる。
だが、これで終わりではないようだ。
障子に映る黒い影を見ながら俺はため息をついた。
その後続いた影踏み鬼では伊集院先輩が。
色鬼では綾小路達の様なモノが相手となったが何とか勝利をもぎ取ることに成功した。
広いとは言え室内、負けるかと思ったが、障子が開かないのは最初の一戦だけでそれ以降は開いたおかげでどうにかなった。
「行きは良い良い、帰りは怖いっとな」
そして今度は神宮寺先輩、か。
「余裕だな、神無月」
「……、神宮寺先輩の顔で俺の名前を呼ぶな」
「おいおい、冷たいな?」
「それで、今度は何だ」
一通り鬼ごっこと名のつくものはやったように思う。
だからもう終わり。
と言う訳にはいかないだろうな。
「怖いながらも、通りゃんせってことだ」
「はぁ……」
何がいいたいのだろうか。
俺が眉をひそめると同時に伊集院先輩の背後に炎の巨人が出現した。
「この後ろの障子、その向こうの部屋に元の世界に戻れる扉がある」
「……」
「俺はここから動かないし、自分からは襲いかからない。いつでもかかってくるがいい」
「そうか……」
ならば一つ試したいことがある。
そこから動かず、襲いかかってこないというのなら。
そして反則は即負けとなるのなら。
「ん? どこに行くつもりだ?」
「あんたはそこから動かない。そして襲いかかっても来ないんだろ?」
「あ、ああ。そうだが」
「なら俺は隣の部屋を通って階段へ向かわせてもらうよ」
「は……?」
「じゃあな」
『ちょっと待て』だとか『本当にいいのか』なんて言葉が投げかけられる。
が、俺は無視して障子を閉めた。
「いい加減他の皆も心配だしな」
ちらりと腕時計を見ると既に五時間以上経過していた。
よくもまぁこれだけ動き回れたものだ。
これも伊集院先輩のお父さんのおかげかね。
あの特訓のおかげで馬鹿みたいに体力付いたし。
とは言え、流石に疲れた。
なんせ緊張状態の中、常に全力だったからな。
「さてと、それじゃ行きますか」
最後の障子を開けた先にあった階段を見つめながら俺はそう呟いた。
十分後、再び目隠し鬼が始まった。
「なんでだよ!?」
俺は思わず叫ぶ。
ゴールじゃなかったの!?
これで終りと思ったのに……。
「えー、また私と遊びに来たんじゃないの?」
そんな訳あるはず無いだろ。
というか、半日前に壮絶な死に様見せたはずなのに何で生き返ってるの。
「だって態々階段上ったんでしょ?」
「そうだけど」
「扉をくぐらずにさ」
「!!」
そう言えば神宮寺先輩もどきは元の世界に戻る扉と言っていた。
でも俺は階段を……。
「いやまて、扉なんてなかったぞ?」
「え? 階段の裏にあったでしょ?」
「なんだそれ……」
罠すぎるだろ。
普通気づかないって。
愕然とする俺に向かって加奈多ちゃんもどきが怪訝そうな顔で問いかけてくる。
「あれー? 最後の門番が教えてくれなかった?」
「……、スルーしたから……」
「え?」
意味がわからないと首を傾げる加奈多ちゃんもどきに、俺は事の顛末を説明。
ため息を吐く。
「ため息を吐きたいのはこっちなんだけど……」
「俺は祭壇の掃除に来ただけ何だけどなぁ」
「え? 掃除?」
「ああ、他のみんなと一緒にな」
そうだよ、他の奴らはどうなってるんだ?
神宮寺先輩はともかく、伊集院先輩や綾小路達は心配だ。
再び時計を見る。
障子からは明るい光が透けているから勘違いしそうになるが、既に日を跨ごうとしている。
「そっかー、試練に来たんじゃなかったんだ」
「え? 試練?」
どういうことだ。と聞こうとしたが顔をあげるとそこには誰も居なかった。
「まぁ、もう一周ということなら次の相手に聞けばいいか」
俺は呟きながら障子に手をかけるのだった。