第九十八話 鬼ごっこ
「うおっ!?」
鳥居をくぐった瞬間、少し立ちくらみがして俺はよろけてしまった。
少し疲れているのだろうか。
そんなことを思いながら顔を上げる。
「え?」
ありえない。
先程まで石畳の道を歩いてきて、そして道の先には祭壇があったはずだ。
「畳……?」
しかし足元は畳に代わり、視線の先には障子がある。
いや、それは正しくない表現か。
周囲を見渡すと障子に囲まれている。
「神宮寺先輩?」
そして隣を歩いていたはずの神宮寺先輩も、前を歩いていたシス達も姿を消している。
何の冗談だ。
狐につままれでもしているのだろうか。
四十畳はあろうかという四辺が障子で囲まれた広間に、俺は一人居た。
「……っ! また神の従者の仕業か!?」
システムウィンドウを展開しようとするが展開できない。
「そんなバカな。しかしこれは……」
シスとの繋がりを感じられないことに今更ながら気がつく。
今まで暖かくじんわりと重く肩に掛かっていたものが、無い。
「相手の能力か?」
しかしここは神様のお膝元。
そんな場所で『従者』と名乗っている彼らが騒動を起こすだろうか。
「ん?」
何か今笑い声が聞こえたような。
気のせいかな。
静寂が響く室内で、自分の心拍が妙にうるさく聞こえる。
「クスクス……」
「!?」
やはり気のせいじゃない。
行くか?
だが、俺は今能力が使えない状態だ。
「どうする……」
しばしの逡巡。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ……」
障子の向こうから微かに響く誘いの声。
このまま待っていても同じことか。
それなら行動するほうがいくらかマシというものだろう。
俺はそう思うと障子に手をかけ、そっと開いた。
「ここも外れ……」
もういくつ障子を開いたことだろうか。
かなり長い時間、誘われるがままに障子を開け続けて来たが開けても開けても同じ景色が続いている。
「一体いくつあるんだ……」
うんざりしながら次の障子に手をかける。
しかしその先も変わらぬ景色。
「はぁ……」
一体何が起こっているんだ。
襲撃であるならばもっと違うリアクションがあっても良いだろうし。
それに、救援が一切来ないというのも気になる。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ……」
「もう良いって……」
足を止めると聞こえてくる声。
しかし、聞こえてきた方向の障子を開いても誰もいない。
途中何度か違う方向の障子を開いてみたが同じく誰も居なかった。
振り返ると開けっ放しだったはずの障子は閉まっており、来た道を見通すことは叶わない。
最初はあった緊張も、今では何処かに消え去っている。
もういい加減戻りたいのだが。
「一体これは何なんだ……」
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ……」
鬼さんこちら、手の鳴る方へ、か。
これ、目隠し鬼の掛け声だっけ。
「止まれ」
「……、それは反則だよ……」
何となく呟くと、今までなかった反応が返ってきた。
反則ってなんだろ。
目をつぶれってことか?
「がっ!?」
衝撃が俺を襲い、吹き飛ばされる。
何とか受け身を取ったものの、頭が揺さぶられて少しふらついてしまう。
頭を振りながら視線を上げると、障子に影が浮かび上がる。
「次はないよ……」
しかし、その言葉と同時に影はすぐに消えてしまった。
くそ、今のは反則に対するペナルティーってことなのか?
「反則は、負け……」
次はない、か。
俺は目をつぶり十数え、再び呟く。
「止まれ」
どうやら正解だったらしい。
衝撃は来ないし、足を止めていても誘いの声はかからない。
そして、確実に『何か』居る。
この障子で囲われた空間の中に。
「どこだ……」
目をつぶったまま手探りでその『何か』を探す。
「そこか!」
物音がした方に手を伸ばす。
しかし、手は何もつかむこと無く宙を切った。
緊張に喉がひりつく。
こんな時、シス達が居てくれれば、せめてつながりを感じられていればと思ってしまう。
軽くなった肩が涼しく、不安を煽ってくる。
「クスクス……」
小さな笑い声が先程より近くで聞こえてくる。
こいつ、バカにしやがって。
……、落ち着け。
呼吸を乱すな。
俺は深呼吸をすると心臓を落ち着かせる。
静寂が満ちる室内。
その中に居るのは俺と『何か』だけ。
落ち着き、冷静な状態で集中すればその気配を感じ取ることは簡単だ。
大丈夫、俺になら出来る。
「……、そこ!」
相手の気配がする方向に素早く手を伸ばす。
そして布を掴み、目を開けた。
「捕まっちゃった……」
長い黒髪がふわりと揺れる。
少し長めの前髪から覗く切れ長の目。
艶やかな口元に整った輪郭。
しかしその顔に表情はなく。
「加奈多、ちゃん……?」
巫女装束に身を包んだ加奈多ちゃんがそこにはいた。
「ふふふ……、こんなに早く、捕まるとは、思わなかったよ……、次は、私の、番だね……」
表情の抜け落ちた能面みたいな顔で、しかし嬉しそうな声で加奈多ちゃんは呟く。
「何を言って……」
「勝負が、決まるまで、いっぱい、遊ぼうね……」
そう言いながらどこからか取り出した白い布で目元を覆う。
加奈多ちゃん、じゃない?
なら『これ』は何なんだ?
「ひとーつ、ふたーつ……」
『これ』が数字を読み上げ始める。
くそ、問答無用か。
だが、どうすればいいんだ?
勝負が決まるまでって、さっき俺が勝ったはずなのに目隠し鬼は続行しているし……。
二人っきりの目隠し鬼。
どうすれば勝てる?
どうすれば終わらせられる?
「ん……? 反則は、負け……?」
つまり相手が反則を犯せばいい。
そういうことか?
「おーけー……」
ならばやるしか無い。
チャンスは一度きり。
次は無いだろう。
俺は気配を消して加奈多ちゃんが数字を読み上げ終わるのを待つのだった。