二の二 姫はいつも川に水を汲みにきているようだった
姫はいつも川に水を汲みにきているようだった。殿もときおり姿を見せた。ふたりは親しげにしていたから、夫婦になるのもそう遠くないだろうとわしは思った。
わしは巣を張り直した。ただ、初めに張ったところは人間が通るのに邪魔になると解ったので、次は場所を少し移して橋の下とした。
しばらくは安泰の日が続いた。しかし長くは続かず、やがて嵐となった。わしは橋の下で雨と風をしのいでいた。しかし川の水が増え続けるので、わしは巣を棄てて岸にある松の木の上まで退いた。木や岩が泥の水と共に流れてゆくのを眺めているしかなかった。そしてしまいには、橋も崩れ落ち流されてしまった。酷い有様だった。
嵐が去り、姫は無事かと心配になったわしは、人間のいる村に向かった。幸い姫は無事だったものの、稲穂がことごとく水に浸かったことを村の大人衆が嘆いていた。
大人衆はみな大変そうにしていたが、わしも食糧がなければ餓え死にしてしまう。わしは崩れた橋の瓦礫に小さな巣を張って、蠅などを捕らえて食いつないだ。
やがて人間たちがやってきた。男ばかりの大人衆である。
大人衆は川の中に砂や石を運び、積み上げていた。流された橋を架け直そうとしているのだろう。わしは毎日その様子を眺めていた。
人間の背の丈ほどにまで積みあがったころだ。大人衆が四人ばかり、黒い大甕を提げてやってきた。大甕の中から姫の声がするので、どこへ行くのかと、わしは大人衆のひとりの袖口にしがみつき、ついてゆくことにした。
すると大人衆は川の中に入り、ざぶざぶと進んでゆく。もう冬が近い。大人衆はみな寒さに震え、情けなくも泣いているものばかりだ。
大人衆は積みあげた砂と石の山の上に大甕を運んだ。山の上には大穴が深く掘られていた。その中に大甕を入れ、大人衆は鍬などでもって埋め始めた。
姫は大甕の中で叫んでいた。姫のお命が危ない。姫の一大事とあらば、わしは一命を捧げる腹積りであった。わしは、いまがそのときだと確信した。
しかし、わしの力は些細なものでしかなかった。大人衆のひとりの顔に噛みついたが、わしの体はすぐに宙に投げだされた。かつて殿と一戦交えたときと同じだ。
しかし、殿のときと違うのがひとつあった。わしの体が叩きつけられたのは地面ではなかったのだ。わしは水の中に投げ飛ばされた。
それからはよく憶えておらぬ。




