二の一 わしは草むらに近い橋の傍らに巣を張った
わしは草むらに近い橋の傍らに巣を張った。水辺は虫が良く捕れるのだ。ひたすらに糸を紡いでこしらえた。できあがった巣は我ながら立派なものだった。
初の獲物は蝶か蜻蛉か。はたまた蜂か。日の光でこがね色に輝く糸に惚れぼれしつつ、わしはじいいと待ち構えていた。
すると糸が大きく振るえ動く。大物だとわしは喜んだ。しかし喜んだのも束の間に、ぐわんと視界がまわり、間もなく背に衝撃が走った。
なにごとだと辺りを見回して、自分の体が地面にあると解った。それと同時に、男と女、ふたりの人間がわしの眼に映った。
男の腕には、先ほどまで獲物を捕らえようと努めていた我が巣の残骸が絡みついているではないか。この慈悲なきひとりの男によって、わしの巣は瞬く間にその役目を終わらされたのだ。
わしは腹が減っていたから怒った。顔に噛み付かんとして男の服をよじ登ったが叶わなかった。男の手に払われて、わしは再び地面に叩きつけられた。気づいたときにはもう遅い。男の草履が既にわしの頭上にあった。万事休す。逃げられぬ。踏み潰される。わしは覚悟した。その時だ。
「殿! なりませぬ!」
女がわしに情けをかけたのだ。人間にも生類を憐れむ者がおるのだと、わしはそのときに知った。こうして女はわしを助けたのだ。女はそればかりでなく、男に命のなんたるかを説き教えた。
「そなたの家を奪ってしまった。許せ」
しまいに男は跪いて、わしにそのように言った。わしは不服こそあったものの、大層に頭を下げるので男を許した。
女は男を殿と呼んだ。だから女は姫なのであろう。姫はわしの命を救ったのだ。だから姫の命が危ういときには、わしが助けよう。本来であればわしの命はここで潰えたのだ。後は姫に拾われたこの命だ。これを姫のために費やそうではないか。わしはそのように腹を決めたのだ。




