表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/28

一の四 僕は逃げた

 僕は逃げた。そいつから逃げた。目指すは古橋電停。ちょうど市電が停車中。横断歩道は青信号。

「乗ります! 乗りまあす!」

 運転士は僕に気付いたらしく、一度閉じた扉をすぐに開けてくれた。運良く空いていた座席に腰を下ろして、上がった息を整える。もう、汗びっしょりの雨ぐっしょり、効きすぎた冷房に体調を崩されること間違いなしだ。立ち上がったときには、僕の尻の形が座面にクッキリ浮かび上がるだろう。鉄道会社の皆様、ごめんなさい。両脇に座った客が、さりげない素振りで僕と距離をとるのを感じた。客の人、ごめんなさい。

 曇った窓ガラスを拭いとり、流れ始めた外を覗いた。あいつはいないようだ。どうやら諦めたらしい。

 やがて次の電停に着き、扉が開いた。鼻を詰まらせた運転士の車内アナウンスの中、後ろの乗車口から乗ってきたのは若い女性がふたり。と、あいつ。

「ぎゃああ!」

 そいつは女性の足もとで這うようにして乗ってきた。

「降ります! 降りまあす!」

 僕は定期券を片手に市電から飛び出した。そいつは車内を這いずって迫りくる。電停は車道のど真ん中。自動車用信号は真っ青。お先は真っ暗。だめだ。逃げられない。

 絶対絶命。

 そのときだ。運転士が扉を閉めた。そいつが降りる前に。指差確認する運転士の白手袋が、太陽よりも光り輝いて見えた。そして市電は動きだす。

 助かった。運転士は神だ。

 でもまたすぐに、あいつは追ってくるだろう。逃げないと。そうだ、タクシーだ。タクシーで逃げよう。

 僕は横断歩道を渡るやタクシーを呼び停めた。

「お客さん、どちらまで?」

「とにかく走ってください!」

 ハリウッド映画みたいなセリフだな。なんて、どうでも良いことが頭の片隅に浮かんだ。

「解りました。シートベルトをしておいてください」

 運転手も僕とおんなじことを考えたようで、にやりと笑うとすぐさま発車させた。

 タクシー運転手という職業は、凄い。流石に運転のプロフェッショナルだ。赤信号を巧みにかわしつつ、現場からみるみる離れてゆく。通りという通りを、路地という路地を熟知している。自宅とは逆方向に走っているけれど、それはまあ些細なことだ。

 あいつの脚は早いけれど、この運転手の操るタクシーには敵うまい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ