3/28
一の三 そいつの着物は粗末で汚くて
そいつの着物は粗末で汚くて。黒い陣笠を被っていて。頭が地面スレスレにあって。だから顔が、見えない。長く伸びた白い顎ひげが地面に擦れている。
「見えておるのか。そうか」
そいつは皺枯れた声で呟いた。
ヤバい。早く逃げないとヤバい。
「ならば、姫も見えるのか」
そいつの頭がぬっと近寄ってきた。僕はそのときになって気づいた。そいつが雨に濡れていないことに。
僕の服は濡れて冷たくて。尻の肉に嫌な感覚が伝わってきて。体じゅうに浸透してゆく。
「なんなんだよ、おまえ」
別に積極的に知りたいわけじゃないけれど、言わずにはいられない。そんなセリフ。
「おぬし、わしについて参れ」
厭だよ。絶対に厭だ。というか僕の質問に答えろよ。
道の真ん中に敷かれたレールの上を、一両編成の車両が唸り声をあげながら走り去る。それで橋が揺れ動くのを、地面についた両手と尻に感じた。
「来い」
そいつの促す声をきっかけにして、僕は走りだした。全力疾走だ。そいつとは逆のほうに。ひっくり返ったビニール傘を置いてけぼりにして。
冗談じゃない。関わってたまるか。あんな怪しい奴なんかに。




