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一の三 そいつの着物は粗末で汚くて

 そいつの着物は粗末で汚くて。黒い陣笠を被っていて。頭が地面スレスレにあって。だから顔が、見えない。長く伸びた白い顎ひげが地面に擦れている。

「見えておるのか。そうか」

 そいつは皺枯れた声で呟いた。

 ヤバい。早く逃げないとヤバい。

「ならば、姫も見えるのか」

 そいつの頭がぬっと近寄ってきた。僕はそのときになって気づいた。そいつが雨に濡れていないことに。

 僕の服は濡れて冷たくて。尻の肉に嫌な感覚が伝わってきて。体じゅうに浸透してゆく。

「なんなんだよ、おまえ」

 別に積極的に知りたいわけじゃないけれど、言わずにはいられない。そんなセリフ。

「おぬし、わしについて参れ」

 厭だよ。絶対に厭だ。というか僕の質問に答えろよ。

 道の真ん中に敷かれたレールの上を、一両編成の車両が唸り声をあげながら走り去る。それで橋が揺れ動くのを、地面についた両手と尻に感じた。

「来い」

 そいつの促す声をきっかけにして、僕は走りだした。全力疾走だ。そいつとは逆のほうに。ひっくり返ったビニール傘を置いてけぼりにして。

 冗談じゃない。関わってたまるか。あんな怪しい奴なんかに。

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