一の十七 僕は地縛霊に恋をした
僕は地縛霊に恋をした。いや、今でも彼女に恋をしている。けれども、そういったことは心の内に閉まっておこうと思う。
センター試験が終わり、二次試験まであと一週間を切った。あれからずっと、彼女の姿を僕は見ていない。
彼女は近くのお寺で供養された。オバケ煙突にはお寺からお地蔵様がやってきて、彼女の代わりに入ったらしい。
祠の隣りには供養塔が建てられた。彼女らしい小さな供養塔だ。今日はお参りする日だから。学ランの詰襟の上からぐるりマフラーを巻いて、僕は市電を降りた。
雪が降っている。それほど酷くはない。乾いた粉雪だ。
「姫になにか伝えることがあるか」
「わっ!?」
彼女に手を合わせていると、平蜘蛛が話しかけてきた。毎回僕に不意打ちを食らわせる平蜘蛛は、それを楽しんでいるみたいだ。陣笠で隠れているから表情は見えないけれど。絶対楽しんでいる。僕には判る。
彼女がどこでなにをしているのかを、平蜘蛛は知っているらしい。ウソかホントかは判らないけれど。
「春になったら県外に行くかも。だから、毎月ここにくるのは無理になる」
「……姫に伝えよう」
平蜘蛛が頷いた。
それは別に、彼女に伝えたいことではなくて。ただ、平蜘蛛に言いたかっただけなのだけれど、まあ良いか。
「平蜘蛛は生まれ変わりたいと思わないの?」
「わしはこのまま這いずり廻るのが性に合っておる」
あ、這いずり廻ってる自覚はあるんだ。
「県外に行ったらさ。平蜘蛛とも、あんまり会えなくなるね」
平蜘蛛は動かない。顔も見えないし、なにを考えているのか。
と。
「さらばじゃ」
ぽつり、平蜘蛛は呟いた。僕が頷くと、平蜘蛛は優しく笑ったように見えた。
平蜘蛛は欄干によじ登って僕のほうを一度振り返った。そして、橋の下に隠れ去った。
それ以降、僕が平蜘蛛を見ることはなかった。
完




