一の十五 左ポケットの携帯電話が震えた
左ポケットの携帯電話が震えた。メールだ。
時計の針を見ると、さっき見たときからまだ三分しか経っていない。そろそろ終わりだと思っていた課外授業は、まだ始まって九分だ。
「先生、体調不良で早退します」
絶対、体調不良じゃないな。先生とクラスメイトの視線がそう言っている。体調不良かどうかなんて、僕にはどうでも良かった。僕は授業を放棄する。僕の言葉はその意思表示だ。机の脇に引っ掛けてあるリュックとカバンを抱え、僕は教室から走り出た。
メールの送り主は父さんだった。「学校が終わったら来い」。内容は一文だけ。いかにも父さんらしい。
父さんは普段、メールをしない。というか、電話もしない。父さんとのコミュニケーションは、いつも顔と顔とを向き合わせたときにしかなされない。
僕は走った。父さんがわざわざメールをしてくるということは、ことが動いたということ。つまりはそういうことなのだろう。
「父さん!」
僕を見た父さんは驚いた様子だったけれど、煩わしい課外授業のことなんて一切訊いてこなかった。代わりに。
「被れ」
と言って、白いヘルメットを僕に手渡した。
オバケ煙突から橋の一角にかけて足場が組まれていて、橋の上からオバケ煙突の根元まで歩いて行けるようになっている。僕は父さんと一緒に、現場を囲う白いシートをくぐり、組まれた足場を降りた。
石垣が取り除かれたオバケ煙突の表面に、なにかが見えている。湿った土の壁から露出している、なめらかな黒い曲面。
これは大甕に違いない。この中に、彼女がいるのだ。
「もうすぐだよ。もうすぐ、出してあげるからね」
大甕はおっちゃんたちによって掘り出され、クレーンで橋の上に運ばれた。
「見なくても良いぞ」
父さんが言ったけれど、僕は首を横に振った。
もうすぐ、彼女を助けられるんだ。




