一の八 青かった空はもう黒い
青かった空はもう黒い。ヘッドライトの白と、テールライトの赤と。それらが蒸されたたアスファルトに反射して、乱れて濁って見える。まっくらな川のなかほどにぽつんと建っているオバケ煙突だけが、街灯に照らされて浮かび上がっていた。
「わしは、嘘をつき続けている」
平蜘蛛は欄干の上に乗ったまま、アスファルトに反射する光の波を眺めているようだった。
「悪いことでは、ないと思うよ」
平蜘蛛は悪くない。嘘をつくことが悪いのならば、この世に善いことなんてなにもない。
平蜘蛛は、彼女を悲しませたくないだけ。
殿がいないと言ったときの彼女の動揺ぶりを考えてみると、どうやら嘘はばれていないらしい。長いこと、平蜘蛛は頑張ったと思う。よく、殿になりきったと思う。
僕も、彼女を悲しませるような本当のことは言わない。
「姫を、助けてくださらぬか」
平蜘蛛は、助けたいだけ。僕の答えは決まっている。
彼女を助けたら、彼女はどうなるだろう。祠のそばで佇んでいる、あの彼女は。
「彼女はどこにいるの? どこに閉じ込められているの?」
骨の浮き出ているのが、着物の上からでも判るくらいに痩せこけた背中をまるめ、平蜘蛛はゆっくりとむこうを向いた。その先に、オバケ煙突があった。




