二の四 姫は既に死んでいた
姫は既に死んでいた。わしも既に死んでいた。
雪が降り始めた。初雪だろうか。雪は風に吹かれ、姫の体を通り過ぎていった。
「なにかご用があればお申しつけくだされ」
わしがいうと。
「殿にお会いしたい」
姫なひと言だけ呟いた。
そうだ。わしも殿を探しておったのだ。いやしかし、わしが殿を探していたのは姫を探すためであって、姫はここにいる。だからもう殿を探す必要はない。
いやしかし、姫が殿に会いたいというので、やはり探す必要があるのか。
わしはすこぶる頭が悪い。つくづく、そう思わずにはおられぬ。わしは人間のように利口ではないのだ。
「ならば屋敷に参りましょう」
「私はここを離れない」
姫はもう一度、呟いた。
「ここから離れようとすると、脚が重く動かなくなるのです」
「ならば、わしが殿をお連れして参りましょう」
わしは屋敷の場所を姫から聴いた。これはさすがに、頭の悪いわしにも解る。峠は一本道だ。峠を越えて鳥居をくぐり、初めの辻を右に折れて真っ直ぐ。
しかし、鳥居はなかった。屋敷もなかった。いくら探そうとも、殿を見つけることはできなかった。
姫が死んでから、既に結構な月日が経っていたのだ。
「殿は?」
姫が訊ねた。
「殿はどちらに?」
「殿は川の向こうに」
姫を悲しませてはならぬ。わしはそう思った。わしは頭が悪い。
「姫と同じように、殿も動けぬようです。しかしご安心くだされ。わしが、姫と殿の間を取り継ぎましょう」
わしは姫に嘘をついた。川の向こうに殿がいると、嘘をついた。それからずっと、ずっと。わしは嘘をつき続けている。




