五の一 稲の刈りいれが近い時期である
稲の刈りいれが近い時期である。おれは色づき垂れた稲穂を眺めていた。
「おっとう!」
アヤの声に顔をあげる。アヤと、その傍らに伊之助様が立っている。おれは立ちあがり頭をさげた。
「おっとう! ちょっといってくる!」
「伊之助様! そのようなことはなさらんでも」
アヤは手に持った水桶を振っているが、その隣で伊之助様も同じようにしているのだ。
「なあに、好きでやっておるのだ。私にはこれが性に合っておる」
笑顔の伊之助様に、おれは頷いて頭をさげた。いつものことだ。こののやりとりは半ば決まったものだった。
伊之助様はいつもおれたちを労ってくださる。皆の名をすべて覚えてくださっている。こんなに良い領主様はほかにない。
稲穂が、伊之助様に頭を垂れているようだ。刈りいれが近い。大事な時期だった。
「こうなると知っていれば」
青田刈りもできた。
悔いてても遅い。と、分かっていても、言わずにはいられない。おれたちは皆、稲が倒された田の前で嘆いていた。
「この有様で年貢を納めたら、わしらの食うもんがなくなっちまうぞ」
「どうすりゃええんじゃ」
いまからでも刈りいれて、干せば食えるようになるか。どれだけが食えるか、足りるか。すぐに麦を撒いて、来年の夏まで。売れるものはなんでも売って、食いものに替えて。そうすれば、冬を。
越せぬ。どうあがいても年貢が足りぬ。食糧が足りぬ。
頼るべきは。
「若殿様だ」
そうだ。
「伊之助様に頼みこんで年貢を免じて貰おう」
「そんなことができるのか?」
「わからん。でも、できなきゃどの道、おれたちは飢え死にだ」
そうだ。頼らねば、どうにもならぬ。
若殿様じゃ、伊之助様じゃ。皆の意見がまとまった。




