四の二 父上は領民を案じておられる
父上は領民を案じておられる。もう長いこと床に伏せておられるが、私の至らぬところを見るたびに、まだ死ねぬと口癖のように言う。
峠を登りきったころだ。先の嵐の被害を知らせよとの、父上からの伝言を預かった家臣がやってきた。
私は急ぎ屋敷に戻った。
「ほとんどの村に被害らしいものはありません」
「ん」
父上は体を寝かせたまま、目を閉じたまま。
「ただ、古橋の村だけは、橋が流され稲穂も水に浸かっております」
「ん」
「古橋の村の者は年貢を免じるよう嘆願しております」
「ん」
父上は目を閉じたまま。
「橋を直さんといかんな。古橋の領民の数は」
「三四戸、一五六でございます」
すかさず庄之助が答えた。
「年貢は免除。米八〇石を与えよ」
「かしこまりました」
父上は慈悲深いお方だ。ほかの村の反発を恐れていた私は、おのれの心を恥じた。私も父上のようにならねばならぬ。
「それから。橋をすぐに直せ。古橋の村から人柱を立てよ」
「なぜですか父上!」
私は思わず声を荒げた。父上の目は閉じたまま。
「古橋の村にのみ被害があった。これは、古橋の村に業があるからだ。鎮めねばならぬ」
古橋の村に対する口実だ。古橋の村は選ばねばならぬ。だれかひとり、差しださざるを得ない。
ほかの村からは、築橋の労役を負い、また人ひとりを犠牲にすることで同情を得るだろう。
解せぬ。私にはこの道理が解せぬのだ。が。
「庄之助」
父上が言うと。
「かしこまりました」
傍らに座していた庄之助はすかさず応えた。




