表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/28

三の二 嵐が過ぎてすぐのころです

 嵐が過ぎてすぐのころです。

 夜晩遅くに家を出た父が帰ったのは、もう空が白み始めたころでした。

「どこへ行っていたの?」

伊之助いのすけ様の屋敷だ」

 父は憔悴しきっていました。殿の屋敷は川向こうの峠をひとつ越えたところにあります。流された橋は、完成にはまだまだ時間がかかりそうな様子でしたから、ずぶ濡れになって川を渡り、ほとんど夜通し歩き続けたのでしょうから大変なことです。

 とにかく、温まってもらわねばと粥をこしらえていたところ、伊之助様の家臣という方がたがやってきました。その方がたは白の装束と黒の大甕とを提げておりました。

「殿から佐吉の娘にだ」

 父は大変恐縮してそれらを受け取りました。

「有難うございます」

 わけも分からぬまま、私も礼を言いました。なにはともあれ、殿が私にくださったのですから。

 白の装束は、それはそれは美しいものでした。家臣の方がたが去ったのち、父はそれを私に着せてくれました。

 私は祝言を挙げるものと思いました。式守の家に嫁ぐのだと信じました。

「なにか、食いたいものはあるか?」

 父が訊ねるので。

「じゃあ、里芋」

 と、答えました。

「そうか、里芋か。そうか」

「おっとう?」

「おっかあも、里芋が好きだったなあ」

 私は母を知りません。私が生まれてすぐに、母は死にました。

「でも、まだ収穫には早いから。もう少し寒くなってからにする」

「そうか、そうか」

 父はさめざめと泣いていました。

 それから大甕に入るよう、父が私に促しました。私は父に抱きかかえられて大甕に入りました。甕に入って嫁入りに臨むなど、お武家様には不思議な風習があるものだと思いました。

 やがて大人たちがやってきて、大甕の口が竹の格子で塞がれました。

 大人たちが運ぶ大甕のなかで揺られながら、向かう先は式守の屋敷だと信じて疑いませんでした。

 揺れが止まり。それから、竹の格子の間から土が落ちてきて。私は初めて、祝言を挙げるわけではないと解りました。

 私は助けを乞いました。何度も乞いました。ですがしかし、土が被せられました。やがて光がすべて遮られ、音も聞こえなくなりました。

 それからずっと、私は閉じ込められたままでいます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ