三の二 嵐が過ぎてすぐのころです
嵐が過ぎてすぐのころです。
夜晩遅くに家を出た父が帰ったのは、もう空が白み始めたころでした。
「どこへ行っていたの?」
「伊之助様の屋敷だ」
父は憔悴しきっていました。殿の屋敷は川向こうの峠をひとつ越えたところにあります。流された橋は、完成にはまだまだ時間がかかりそうな様子でしたから、ずぶ濡れになって川を渡り、ほとんど夜通し歩き続けたのでしょうから大変なことです。
とにかく、温まってもらわねばと粥をこしらえていたところ、伊之助様の家臣という方がたがやってきました。その方がたは白の装束と黒の大甕とを提げておりました。
「殿から佐吉の娘にだ」
父は大変恐縮してそれらを受け取りました。
「有難うございます」
わけも分からぬまま、私も礼を言いました。なにはともあれ、殿が私にくださったのですから。
白の装束は、それはそれは美しいものでした。家臣の方がたが去ったのち、父はそれを私に着せてくれました。
私は祝言を挙げるものと思いました。式守の家に嫁ぐのだと信じました。
「なにか、食いたいものはあるか?」
父が訊ねるので。
「じゃあ、里芋」
と、答えました。
「そうか、里芋か。そうか」
「おっとう?」
「おっかあも、里芋が好きだったなあ」
私は母を知りません。私が生まれてすぐに、母は死にました。
「でも、まだ収穫には早いから。もう少し寒くなってからにする」
「そうか、そうか」
父はさめざめと泣いていました。
それから大甕に入るよう、父が私に促しました。私は父に抱きかかえられて大甕に入りました。甕に入って嫁入りに臨むなど、お武家様には不思議な風習があるものだと思いました。
やがて大人たちがやってきて、大甕の口が竹の格子で塞がれました。
大人たちが運ぶ大甕のなかで揺られながら、向かう先は式守の屋敷だと信じて疑いませんでした。
揺れが止まり。それから、竹の格子の間から土が落ちてきて。私は初めて、祝言を挙げるわけではないと解りました。
私は助けを乞いました。何度も乞いました。ですがしかし、土が被せられました。やがて光がすべて遮られ、音も聞こえなくなりました。
それからずっと、私は閉じ込められたままでいます。




