化石の森の乳化の芯
北国の河原には、アンモナイトや三葉虫の化石が、ゴロゴロしてる。
掘り出す必要もないぐらい、化石の詰まった石が、あるのだ。
適当に割って、綺麗なのだけを持っていく人が後を絶たない。
見張る人もなく、まさに無法地帯。
それでも、それなりの物好きが現れ化石漁りをして行くのだった。
石割教授とあだ名のついてる真守が、コツコツと化石を探してる所に、小学生達がブラリとあらわれた。
空振りの連続か、手垢のついた幾つもの掘り出され割られている貝や虫に、うんざりして騒いでいる。
骨が、出たならな〜、は、希望的な愚痴だ。
今回も見慣れた、アンモナイトや三葉虫。
この河原は異様に割られた石がゴロゴロしていて、欠けた化石が、風雨にさらされ劣化し、見た目もかなり悪い。
化石のゴミ捨て場とも、言われているぐらいだ。
「もう、良いのも大きなのもないよ。」
「帰るベェ〜。」
笑い声が響き、何台かの自転車が、走り去っていった。
真守は、溜め息をつき、いったん、休む事にした。
日が傾くまで小一時間ほど。
冷気が訪れだしていた。
それでなくても、川の側は寒い。
手頃な石に座り、下を向くと、粉々のアンモナイトの欠片が、小石と混ざり合っている。
自分もあの小学生と同類だな、と。
小さな欠片になった、アンモナイトや古代のシダ植物なんかをすげさんでいるのだから。
やる気も根気もなくなって、ハンマーを振り上げ、そのまま後ろに投げてしまった。
「キーン。」
澄んだ音が河原に響く。
慌てて振り向くと、ハンマーはすぐ側に転がっていた。
何にぶつかっての金属音だろうか。
ハンマーを拾うとそこらを叩く。
石の音がするだけ。
「そうか、ぶつかって戻ったのかもしれないし。」
叩く範囲を広げる。
黒っぽい石が、金属音を出した。
人の握りこぶしより小さく、古代の胡桃よりは大きい。
膨らましかけの風船の様な形をして、半分ぐらい石に埋まっている。
こんなのは、初めて見た。
さっきの小学生達が、荒らしてた場所だ。
貝でも昆虫でもないので、人の目から逃れてきたのだろう。
手製のキルトの袋に収めて、今日は帰る事にした。
いくら、石割教授なんてあだ名をもらっていても、朝から石を叩いていれば、疲れるのものだ。
捨てられた様にポツンと置かれた自転車に乗って、河原を後にした。
直ぐに雪の季節が来る。
そうしたら化石探しは休んで、コレクションの洗浄をするのだ。
半分石に埋もれたアンモナイトを掘り出す時のドキドキ感は、初めてここで化石を拾った日から、変わっていない。
軋んだサドルをだましだまし、家に急ぐ。
玄関の風除室に、自転車を入れて家に入ると、買い物帰りの母ちゃんと、鉢合わせした。
トイレの横の納戸にトイレットペーパーや洗剤のストックを入れるのを手伝わされる。
どこにこんなパワーがあるのか、買ってきた量だけ見たら、二メートル越えの大男みたいだ。
納戸の戸を閉めていると、お駄賃に塩大福三個入り一袋とお茶のペットボトルをくれた。
ありがたく頂く。
腹が鳴った。
「夕飯まで、それでね。」
了解して、半地下のコレクションルームに急ぐ。
元々、オーディオルーム用に作られていたが、そうそう何時間もクラッシックを聴く家じゃない。
半地下が流行ったので、建てた時ついでに作ったってのが真相だ。
半地下だけあって、もう薄暗い。
兄ちゃんが1度、同級生と騒いでからは、出入り禁止になったのも、真守には、幸いした。
小学生時代に、誰も寄り付かない場所を手に入れたのだ。
コツコツと手作業で化石を取り出してはいても、石の粉は出る。
なんでも吸い込む業務用の掃除機を去年の入学祝いに買ってもらったぐらいだ。
円筒形の掃除機は、良いパートナーになった。
粉塵マスクとゴーグルをして、やりかけの化石の洗浄すると、あっという間に、夕食の時間だ。
塩大福は、どこに入ったのか記憶が無い。
チャック付きビニール袋の中の携帯が鳴る。
いちいち呼びに来て、粉まみれにならない為に、今や携帯だった。
立ち上がり、白衣を脱ぎ、二、三回ふり、ズボンの前を叩き、掃除機でザッとそこらを吸い、頭にもかける。
慣れた一連の動きだ。
色々試したが、兄ちゃんのお古の白衣が1番良かった。
粉を落としてから、上にあがる。
親の懸念を押し切って入った、水産高校を卒業してから、製菓学校に行ってる兄ちゃんの帰りは遅いし、父ちゃんは会合と言う名の飲み会だった。
2人きりの夕飯だったが、頭の中は化石ばかりの中学生では、母ちゃんもほっておくしかなかった。
テレビの音が辺りを暖かくしている。
いつの間にか降り出した雪が、そこいらを埋め出したので、外が静かだ。
音を消す雪は積もる。
そして雪は、あの河原を変えてしまうだろう。
埋もれた物もあるが、見える物もあるはず。
あの黒っぽい石も、そんな物のひとつだろう。
相変わらず何を食べたか覚えていない。
スィーツ作りに目覚めた兄ちゃんが、コンビニのバイトから、帰ってきていたようだ。
「お土産あるよ〜。」
下から、母ちゃん。
布団から、ラインで、明日食べると、送る。
キルト袋の中の黒い化石と寝た。
お腹が空いて、起きた。
そんな時に限って、兄ちゃんのお土産は、自作のマカロン。
バナナを食べた。
半地下に行くと、天井の側の窓が白い。
オール電化の家で、母ちゃんがこまめに電源を入れてくれてるから、暖かいが、外は真っ白みたいだ。
玄関の壁に下げてあるダウンを着て、外に出た。
凄い。
一晩で30㎝も、積もってる。
新聞配達の足跡が、ついている。
兄ちゃんの長靴で、外の物置まで行き、無理やり開けて、雪かきスコップを引っ張り出す。
とにかく、道を作る。
隣近所も起き出し、雪かき合戦だ。
ライバルは、向かいの爺ちゃん。
お互い、甘い雪かきには、厳しい批評を下す仲間だ。
雪投げ後のエッジのきき方が、気になるタイプだった。
父ちゃんも兄ちゃんも、角が甘いし、雪かきというより、力まかせのラッセルだった。
歩くとこも、なるべく平らに美しくしたい。
玄関と車庫前を決めたら、満足。
キッチリした雪投げは、美しいラインを描き出す。
ロードヒーテングしてる家より、綺麗に雪かきできると嬉しい。
道路や歩道まで深追いする爺ちゃんに、手を振り中に入る。
母ちゃんにありがとうって言われるが、単に趣味だから何てこともない。
早めに出たが、あちこち、渋滞している。
今更の時間帯に雪投げしてる家も多い。
急な積雪に役所も対応しきれないだろうから、今日1日は、交通網混乱、決定。
あの河原も春の雪解け水が流れるまで、半年の眠りについたのだ。
学校は、自習ばかりだったが、そもそも先生が来ない。
自家用車の弊害だ。
市内とはいえ、転勤族なのに、家を買うから。
独身で貸家暮らしの、歩いて来られる先生しかいないんじゃ、こんなもん。
この年の雪は、凄かった。
毎日毎日、降った。
ローカルニュースは、雪雪雪。
記録的な豪雪の年になった。
1日何回も雪かきしたが、追いつかないし、倉庫や古い牛舎が潰れた。
車もバスも、走られない。
屋根の雪下ろしや排雪作業に、行政が自衛隊を要請したほどだ。
真守と向かいの爺ちゃんのとこは、キッチリ雪かきしていたので、玄関も車庫前もスッキリしていた。
適当に雪かきしてた家には、自然の爆発力は、想定外だったようだ。
仔犬1匹も通られない家が近所に出始めていたが、溜まった雪で、もうどうにも出来ない状態だった。
道路まで雪ですり鉢状態になると、郵便配達のバイクぐらいしか、走ってこなくなる。
じゃ、どうするかと言うと、踏み固めた雪の上を歩くしかない。
決められた排雪場所もすでに満杯。
普段はソリ遊びが出来るなだらかな雪山が今年は、道に迫っていて、ソリを上に上げることも出来ない状態なのだ。
降り続ける雪に、豪雪警報が出されたまま、次の春が来た。
4月になってホッとしたのもつかの間、小学校の入学式の日、大雪。
嬉しくない、全国ニュースに。
それでも、陽射しの強さからか、春の雪は溶けやすい。
追い打ちをかけた春の雪は、雪投げに疲れていた向かいの爺ちゃんには、酷だった。
ついに腰を痛めて、入院してしまったのだ。
豪雪の年は、事故死も出るほどなのだ。
真守も雪かきに追われ、化石をかまっていられなかったし、バレーの部活も、中々だったのだ。
背がグングン伸び、学校自体は春の大会で、早々に負けていたが、真守に推薦の話が来た。
アレヨアレヨと言う間に、都会の強豪校に入ることになった。
顧問の先生が、熱心だったのだ。
雪解け水が轟々と流れて、河原に近づけないまま、真守は生活に追われていた。
3年は引退だが、バレーで推薦されてるので、部活の引退がなくなったのだ。
夏休みは、高校の練習に参加となったし、背は益々伸びていた。
その年の雪は、びっくりするぐらい、少なかった。
向かいの爺ちゃんも参戦してるが、真守は、バレー漬けで、雪かきどころじゃない。
推薦入学が確定すると、高校の顧問の先生の自宅に下宿になった。
中学に席はあったが、すでに高校生みたいだった。
それから3年、真守はバレー部員として、活躍した。
春高バレーの常連校となり、優勝こそは逃したものの、2位や3位と、好成績を残したのだ。
高校卒業後は、バレーで有名な繊維会社への就職が決まった。
久方ぶりの故郷だった。
今年は雪が遅い。
12月も、半ばを過ぎていた。
高校の卒業式まで、本当に久しぶりの休みだった。
あの兄ちゃんも、神戸のケーキ屋に就職し、待っていたのは父ちゃんと母ちゃんの2人だけのはずだった。
家では何時の間にか、パグを飼いだしていて、これが父ちゃんに凄くなついていた。
「同じ格好で昼寝すんだよ。」と、母ちゃんが、笑って言ってた。
丸々1ヶ月の休みがある。
もちろん、トレーニングは欠かさない。
1日目で、パグのゴンを散歩させるのは、諦めた。
走るのが、嫌いな犬だったのだ。
呆れたが、猫だと思う事にした。
雪のない師走の街を走り、何時の間にか河原に出る道に出た。
河原には、化石の入った石が、ゴロゴロしていたが、心は揺れない。
懐かしい思い出になっていた。
川風が吹き抜け、人っ子ひとりいない寒々しい景色が広がっていた。
家に帰って、半地下に行くと、真守のコレクションこそ、父ちゃん手製の棚に飾られていたが、見事に物置になっていた。
あの黒っぽい石が、無い。
真守は自分の部屋に急いだ。
探すと、キルトの袋ごとベッドの下に落ちていた。
誇りを避けながら拾い上げ、中を調べると、あの石があった。
あの頃はわからなかったが、植物っぽい。
砂岩のような周りの石は、触るとパラパラと崩れて落ちた。
拾った時は、もっと硬い石に包まれていたはずなのに。
手の中に、黒っぽい塊が残った。
楕円形で、一方が風船の膨らまし口そっくりだ。
ザスザスになった床を片付け、化石をジッと見た。
割ってみたい。
割らなければ、中身が見えないし。
多分、植物なのだろうけど、中がみたいのだ。
半地下に降りていくと、パグのゴンが見に来たが、階段を降りるのを嫌がり、丸い尻をクルリと向けて、居間に帰って行った。
手持ちの道具で色々試したが、化石は割れなかった。
ハンマーの金属音が響いただけだった。
夕飯の時間が来て、ゴンと母ちゃんが呼びに来た。
ゴンは、抱っこされてると、満足そうだ。
キルトの袋に石を入れ、居間に向かう。
父ちゃんが、晩酌をしている。
横にゴンがヨチヨチと歩いて行き、ペタンと座った。
それをニコニコ見ていた母ちゃんが、向かいにある座布団を指してから、ご飯をよそってくれた。
嵐のような兄ちゃんがいないと、本当に静かだ。
ホタテのヒモを狙って、クンクン甘えるゴンがいなければ、テレビの音だけが流れる食卓だったろう。
皿洗いを手伝ってから、寝た。
キルトの袋の化石と共に。
夢は唐突だ。
天狗のうちわのような大きな葉っぱが、ワサワサ茂った木の下に座る自分がいる。
レリーフの様な景色に夢は夢らしさをあらわしていた。
匂いがする。
甘い柔らかい匂い。
見上げると、葉陰に紫から白にグラデーションをかけた実がなっている。
花が無いのに、実がなる不思議な木だった。
誰かの声がした。
「花は中に、中の芯に。
花弁はなくとも、花は実の中に潜む。」と。
真守は、その実を知っていた。
立ち上がると、芳醇な香りの実が、すぐ目の前に来た。
ああ、背が伸びたからだ。
前は届かなかったと、なぜか思う。
木の幹に手をかけると、樹液が滲んだ。
しっとりと乳白色の樹液がたれる。
真守の胸も張った。
目覚めると、全てがわかった。
化石の無花果の様に、真守の胸の中にも、花が咲いていたのだ。
袋の中の化石を取り出すと、ジッと見た。
確かに外見は無花果に似ている。
だが、これが化石なら、瑞々(みずみず)しかった頃は、何倍も大きかっただろう。
布団に入ったまま、携帯で無花果を調べると、夢で見た葉が出てきた。
はるか昔、神話の世界の果実だった。
何処から来たのだろう。
化石なら、この地には存在しないはずの植物だったのだ。
明るい窓の外は雪。
女性体の不思議を感じ、床から出る。
両の胸の中で、無花果が眠っている。
ほとばしる乳を内に秘め、雪かきに出た。
真守が子を産み育てるのは、もう少し先の話。
それでも乳房は、乳の夢を見るのだ。
今は、雪かきが目の前にあっても。
今はここまで。




