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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードと夏殺し
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96. 夏殺しエピスタタ

 アステールの出して来た案は背徳的なものだった。俺としては全く気が進まなかったが、俺以外の全員が乗り気だった。夏殺しエピスタタの持つ知識にはやるだけの価値があるのだと言う。


『儂は最後のティリンス侯その人に直接策を訊ねるより他に反転攻勢に出る手段はなかろうと思う』

『直接って、死霊術で?』

『そうだ。暗黒騎士殿は死霊術を扱えるのだろう』

『貴様に堕落する覚悟があるならばやってやろう』


 超重篤な恐怖症のせいで、俺はその手の単語を口にしたり耳にするだけでも抵抗と耐性を剥がされてしまう。今は多段詠唱(ステアキャスト)した恐怖除去を連打しながら敢えて口にするが、死霊術には死者の魂を召喚して会話に応じさせると言う術がある。召喚術でもあるが、死霊術に根深く関わっている術である為に俺には全く扱えない。死霊術に対する禁忌がなく、召喚術も心得ている暗黒騎士の母であれば行使可能だそうだ。


『言っておくが、たとえ会話のみに留めたとしても死者の魂を冒涜する事に変わりはない。どう言った心境で私に願い出たのだ? 悪に堕ちたいのならば先達として導いてはやれようが、私の見る所 貴様が維持している善性に翳りはないようだ』


 アステールと母の会話を聞いているだけでも俺は生きた心地がしなかった。


『必要な事だからだ。ティリンス侯エピスタタが代々受け継ぐ異能、ティリンスに関わる全知を借りなければ最早どうにもならぬ』

『全知だってえ!? エピスタタって全知持ちだったの?』

『限定的な全知だ。それでも歴代のティリンス侯爵は全員がどこにいようともティリンスに関わる事ならば全てを()る者であったよ』

『……じゃあ、霊を呼び出したら』

『当然、()っておろうな。何が原因で彼自身が命を落としたのか、ティリンス内の現状、そして我々が今日まで何をして来たのかも』


 アステールが口にした全知とは異能の一つだそうだ。特定の土地と強く結び付いた家系にのみ相伝され、当主にしか発現しないと言う所有者の限られた異能。


『ミラーの弱点も知ってるって事よね?』

『パラカレに十日も出入りしたのだ。当然()っていよう。全知とはそうしたものだ。毒殺された時にはティリンスの外でワインに細工されたものを用いられたのではないか、と考えておるがの……。全知とても絶対の身の守りではないのだ』


 そんな話をした後、ダラルロートに化けた分体は隠れる(きみ)の御所へ出掛けて行った。アディケオが所蔵する最も強い占水盤の力を借り、エピスタタが葬られた場所を知る為に。アガシアの聖霊が俺を恨んで叫んで回っていると言う隠れる(きみ)の御所に俺は同行しなかったが、ダラルロートは首尾よくエピスタタの現状を掴んで来た。




 まず、エピスタタの亡骸は死亡から三日目に盗まれたとされていたが事実は異なった。


『エピスタタが復活しています。生者としてではありませんが……』

『お化けか!!』


 俺は悲鳴を上げ、直ちに卒倒した。その後も数度の卒倒を強いられ、今思い出しているだけでも心臓が恐怖で情けなくビクつく。だから殺したら葬儀はきっちりやれと教えているんだ、俺は!!


『今、エピスタタはサナトゥスと化しています。肉体を持った亡者です。唯一幸いな事に、サナトゥスは透けてはおりません』

『いやだ、聞きたくない! 止めろぉ!』

『落ち着いて、ミラー。サナトゥスは透け透けじゃないのよ』

『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 何回か、十何回か。そんな遣り取りを繰り返した俺はどうにかエピスタタは亡者と化しているが、透けてはいないので俺は目撃したただけなら恐怖症を喚起される事はないと理解に至った。悲鳴を上げて叫んでいた時にはリンミにいたのでエピスタタには見られていない、はずだ。それでも弱点を知られてはいるだろうとの話だ。


 夏殺しと言うのはティリンス侯が代々受け継ぐ専用クラスなんだそうだ。この世界で夏殺しはエピスタタ一人だけ。狩人や元素術師としての厳しい修練を乗り越え、当主の座を受け継いだ一人だけが夏殺しを継承する。


『ここからが極めてよろしくない御報告になりますが、エピスタタとの交戦は極めて危険です。

 夏殺しエピスタタは腐敗の邪神と暗黒騎士ミラーソードを己の第三位の宿敵と定めてしまっています。第一位はイクタス・バーナバと狂土エムブレポ。第二位はアディケオとミーセオ帝国です』

『宿敵とは何だ?』

『夏殺しが敵と定めた対象です。一位から三位までを決定し、自身を戦いに最適化するのです。夏殺しの弓から放たれる矢は致命的な傷を宿敵に与えます』

『……俺を指定してるって事は分体も不味いのか』

『はい、おそらくは……』


 そんな訳でな。

 俺は今、交渉が決裂したら弓から矢を連射して俺の頭を蜂の巣にできるらしい夏殺しが潜伏していると言うお宅を訪問しようとしている。ダラルロートと言う選択肢も考えたが、俺達の目的を考えればアステールにするしかなかった。もし交渉が決裂して戦闘になったら死も覚悟せねばならない、とは言われている。夏殺しは俺を殺し切れるだけの力を持っているそうだ。


 エピスタタを毒殺してミーセオに任じられたはずのティリンス総督がいなかった、ティリンス侯爵の邸宅の敷地内。

 パラクレートス線の管制装置があると言う区域は厳重に入口を隠蔽されていたが、ダラルロートが入口が存在する事を暴き、アステールが封印を解いてくれた。扉を開かれてみれば短刀が一本、一枚の紙を縫い止めていた。


『我が墓所へようこそ、ミラーソード。

 同行者はアステールだと予測しているが、壮健かな。

 名を喪った聖騎士や、リンミニアの大君であるならば覚悟せよ』


 と書かれた紙だ。


「なあ、アステール。嫌な予感しかしないぞ」

「それでもエピスタタに訊ねる以外の方策を儂には思い付かぬ。会話には応じる気がありそうだぞ」

「そうね。アステールが教えてくれた術は準備できてるね?」

「歓迎されてはいよう」


 解ってるよ。相手は亡者、一度は死んだ者だ。息はしていないし、腐敗の異能由来の毒に耐性がある可能性が高い。その血脈に受け継いだアガシアの血統により、アガシアが地上への影響力を失った現状でさえも愛の異能を留めている。


「入るぞ、エピスタタ」


 ……俺を殺せる相手なんざ幾らでもいるんだ。今更怯むな、ミラーソード。少なくともエピスタタには肉体があると繰り返し言い聞かされた。そう聞いている。恐怖除去を己の身に突き立てるようにして連打した上ではあったが、俺達は管制区域へ踏み入った。

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