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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードと夏殺し
94/502

94. 激務

 正直に言う。俺は働き過ぎではないのか。


 パラカレ城砦の兵をパラクレートス線へ転移で送り込んで大地精を解体と言うか発掘させれば戦術級の大地の精霊石なる宝玉が出て来たはいいが、くすねようとしたミーセオ兵の集団が母の手で粛清された。命は喰えたが、聖火で焼き尽くすべき死骸が増えた。

 内部で術師と精霊を繋いでいたと言う甲羅のようなものの一部は賞与代わりにくれてやったがな。破片を触媒として使えるそうで高価なのだそうだ。俺と父は基本的に触媒を必要とせず、あくまでも術の強度を強化したい時にしか用いない。発動条件でしかない触媒は無意味だが、臣下に魔術師がいない訳ではない。一定量を確保はした。


 夏喰らいが奪回した領域に石製の見張り櫓を建てて回ったのは母の指示だ。

 兵による哨戒を助けるのに必要なのは解る、解るが母は一体どれほどの数の櫓とアディケオの聖印を壁面に描いた簡易兵舎を俺に建てさせる気なのか。建設作業は終わる兆しがない。命を食い散らしながら作業させてくれるならやるぞ、やるがね。

 建てた櫓と兵舎を拠点としてミーセオ駐在軍がパラクレートス線の哨戒任務に当たっている。パラカレ城砦に留まるワバルロートと哨戒部隊の連絡用に持たせる通信用術具は、俺がワバルロートからの要求数に辟易しながら作った。


 飢餓感さえ覚えさせられた俺は相当数の夏喰らいを同化させねばならなかった。既に奪回した領域を巡回させる夏喰らいと逆侵攻に割り振る夏喰らいは相当数が必要なのだが、俺が同化させていてはどちらも進まないぞ。非常に不味い事情があり、巡回にも相当数の夏喰らいを割かねばならんのだ。夏喰らいの密林に対する食欲は尽きる事がなく、繁殖に熱心な事だけが救いだ。

 アディケオへの祈りを捧げて清めた石杭を打ち込んで回るだけでは、ティリンス領内におけるミーセオ帝国側の境界線を確立できていないのが現状だ。杭など抜けばよいのだからな。エムブレポ兵が触れたら爆発四散する杭も混ぜてはみたが、総数は少ない。付与には時間が要るのだ。試作品を投入した以上の事はできていない。ミーセオ帝国内の魔術工房に発注するとしても納期は三ヶ月以上先だと言う。待っておれんわ!!


 かと思えば、ワバルロートが失態を詫びに来た。ティリンス侯爵軍の兵を捜索し始めた密偵が着任早々に連絡を絶ったと。ワバルロートが放った密偵よりも腕の立つ野伏なり狩人が在野にいるらしいと知り、俺は俄然興味が湧いた。ティリンス侯エピスタタ本人を望めない以上、ティリンス地方を守って来た経験のある熟練兵が切実に欲しかった。しかしワバルロート本人が探しに出たとしても尻尾を掴めるか解らぬと言われてはな……。

 アディケイアなりミーセオ国内に戦争奴隷として連れ去られた元ティリンス侯爵軍の兵士がいないかとも照会してはいるが、返事はいつ来る事やら。

 ミーセオ兵どもは質が低過ぎてせいぜい使い走りにしかならぬ。密林を恐れて踏み込もうとしないミーセオ兵を母が鼓舞して送り込めば、密林内での活動に熟練したエムブレポ兵に一方的に狩られそうになっていた。何度「殺して屍兵にしよう」と言う母を宥め(すか)した事か。


 エムブレポ兵はそれほど多く殺せていない。奴等は密林の領域を移動し、俺の手が回らない方面からの侵入を重視している。俺が敵の立場でもそうする。パラカレに残されていた程度の士気と練度しかない軍など、アステールか母なら一刻も与えたら殺し尽くすのではないのか。他の拠点からの救援要請には支援が欲しくば相応の努力を示せとどやしつけ、油やら炭の現物だけはくれてやった。術具で渡さなかったのはミーセオ軍を信用しなかった結果だ。俺にとっては大した術具ではなくとも、炭の尽きぬ壺など渡したら持ち逃げしかねん。

 俺はスコトスに亡骸の始末を付けさせろと出征前に言ったぞ。他の拠点を視察に行ってみたはいいが、処刑したエムブレポ兵を吊るした杭なんぞ見たくなかったわ。聖火で焼き払いはしたが、俺の手で守ってやる気にはならなかった。どうして俺を軽んじる者を俺が守らねばならん?


 術具は幾つ造ったのだろうな? 甲羅を素材にした精霊退去の呪符は優先的に造り、ワバルロートに渡してやった。直接貼り付けた精霊を強制送還する符だが、戦術級にまで育ってしまった精霊には効かない。大地の精霊石を使えば戦術級精霊をも退去させる効力を持たせられそうなのだが、時間が足りず造れていない。素材として精霊石を壊してしまわず、精霊石として正しく使えば豊穣の加護も引き出せるらしい。未加工の今はまだ魔力のある宝玉に過ぎない。

 パラクレートス線に異常が発生したなら察知する術具と言ったものは必ずあったはずなのだが、俺と父で一から製作するのも手間ばかり掛かった。パラクレートス線の直し方を知っていたアステールにも知らぬ事はあり、代々のティリンス侯が秘儀として継承していたのだそうだ。




「ティリンス侯と言うのはよほど多忙な役職だったに違いない」

「そうであろうな」


 パラカレ城砦の司令室で椅子に座し暗黒騎士ミラーソード然とした母に副官のミラーソード面した俺が言えば、母は鷹揚に頷いた。


「私としてはワバルロートの配下が失敗したと言う熟練兵に興味がある」

「手練が生きているなら俺としても確保したいが、良案はあるか? 強制召喚は氏名すら解らず触媒もないアガソス兵相手には使えない」

「ティリンス侯爵が存命だった当時の体制についてはどの程度調べが付いたのだ? アステールはどの程度の事を知っている?」


 俺はアステールの知識とワバルロートの調査結果を掻い摘んで母に説明し、資料も引っ張り出した。少量のワインを注いだ杯を片手に机に積み上げられた書類に手早く目を通し、母は一枚の報告書を選び出した。


「最後のティリンス侯エピスタタの亡骸は埋葬されなかった、と言う報告書だ」

「ああ、そんなのもあったな」


 最後のティリンス侯エピスタタの死に関する報告書だ。血族の手で毒殺されたエピスタタは葬儀を上げられないまま放置されていたが、死から三日後に遺体を何者かの手で盗み出されたのだと言う。


「思うに、ワバルロートの配下の技量の程度にもよるがエピスタタの配下だった者は遺体の行方を知っている可能性がある。辱められた主君の遺体を盗み出して弔った忠臣、と言うのは時折聞く美談だ」


 更に母は別の報告書を選び出す。


「代々のティリンス侯を弔った霊園はティリンス領内にはないのだ、我が子よ。

 旧アガソスの首都にある。王族の霊園に弔われるのが正式な弔いだ」

「王族の傍系で予備だった、とダラルロートに聞いた覚えはある。王城になら長距離転移できるが、調べに行くべきなのか?」

「監察官や密偵を使っても良かろう。私もそなたも調査にはさほど向かぬ」


 母の自己評価は正確だな、とは思う。力押しで対処可能な事が多過ぎる俺達に細かな仕事は向いていない。やってくれる手足が必要だ。パラカレ城砦を一つ守るだけでも手一杯なのが現状なのだ。俺はワバルロートに申し付ける項目として記憶したが、ワバルロートも相当な仕事量を抱え込んでいる。俺が特製の疲労回復薬を煎じてやるべきかもしれん、などと思えばまたしても俺の仕事が増えるのだ。

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