93. パラクレートス線の復旧
パラクレートス線に近寄って何やら調べているアステールをよそに、俺は両親の声も聞いていた。
「ミラー、さほど期待はできぬであろうが大地精を解体してはどうだ? 散々に術で痛め付けてはやったろうが、内部で術者を大地精に繋ぐ甲羅や大地精の精霊石は残っているかもしれぬ」
母は魔術的な事には造詣が深くないせいか、パラクレートス線にはあまり関心がないようだ。むしろ大地精の巨大な残骸を気にしている。俺としてはどこからどうやって移動して来たのか気になる。足がなくねえか? 生えていた腕で支えて歩いて来たのか、それともパラクレートス線に隣接してから召喚したのか。精霊術には疎くてとんと解らん。
「そういや甲羅がどうとかとも言っていたか。価値があるのか?」
「強固な精霊の残骸があれば精霊退去の呪符を作れるよ、ミラー。素材がなかったでしょ。並の精霊じゃ死んだら残骸としてさえ残留できない」
「戦術級ならば申し分ないのではないか? 損傷度合いが素材としてどうかまでは知らぬがな」
「特に精霊石はエムブレポ兵に渡していい素材じゃないのは解るね? 精霊徒により大型の精霊の使役を許す精霊力の結晶だ」
「……パラカレの兵にやらせる方向で考えよう」
俺が半ば溶けた岩山のような残骸の中から素材を探す、と言うのは却下だ。何人殺したか解らん上に葬儀も何もしていないのだぞ。何が飛び出して来かねないかちらりと想像しただけで身が竦み、飛翔している高度ががくりと落ちる。俺は胡乱な手合いとは関わりがなさそうなパラクレートス線に意識を切り替えた。
「アステールはパラクレートス線の直し方を知っているのか?」
「パラクレートス線は南部アガソス国防の要じゃぞ。儂が知らんはずがあるまい」
「そういうものか」
スタウロス公アステールだからな。だがアステールは可能ならと言った。不可能な場合もある訳だ。
「……ミラーソードと鏡殿の協力を請わねば即時復旧はできまいがの。
儂は当代のティリンス侯ではないゆえ、非常時復旧機構は起動できん」
「復旧機構? それほど頑強な構造物に見えないがそんな仕組みがあるのか」
「構造自体は極単純化してあるんじゃい。エムブレポの攻撃目標にされると解っておるし、大地精を吶喊させて線に食い込み魔力を奪おうとするのも前例のある事じゃ」
「精霊にはいい餌よね。パラクレートス線の本来の存在意義は大魔術の支援だ」
父の見解は脳裏に書き留めておく。殊、魔術に関して父は俺の知らぬ事も数多く知っている。
「戦術級精霊を召喚できるのはイクタス・バーナバその人程度のもの。エムブレポ兵が使役する場合はイクタス・バーナバに授けられるか、精霊徒が魔力を注いで育て上げるのだ。放置しておったら戦略級にまで巨大化していたぞ、ミラーソード」
「ほう。戦略級にも成れるのか」
……何やら母が興味を示しているのが不穏だ。戦術級で岩山めいた大きさだぞ、戦略級なんてどんな怪物になるんだ。俺はやりたくねえが母は殴りたそうだ。物騒な話題は逸らすに限る。
「アステール、歴代のティリンス侯はどうやって長大なパラクレートス線を守っていたのだ?」
「密林の中でも衰えない機動力と受け継がれた知識に裏打ちされた観察力によってじゃ、ミラーソード。険道パラクレートスとは地形から付いた渾名ではない。エムブレポ兵を生かしては通さぬティリンス侯の行いによって呼ばれておった」
「ティリンス侯は優れた元素術師であり偉大な狩人にして野伏でもあった。密林に潜むエムブレポ兵を逸早く探し出し、抹殺する為にだ。極意は油断なき哨戒、絶やさぬ記録、一瓶のワインを愛する事―――と三代前のティリンス侯には言われたの」
「有能だったのだな」
野伏か。俺が喰らった命で人格を留めている優れた斥候や野伏はいない。アガソス滅亡戦争の際はアステールを喰うのが最優先だったとは言え、惜しい人材を喰い逃していたものだ。ティリンス侯の命はさぞ美味かったであろうに。
夏の権能の侵攻速度を抑えるパラクレートス線を守りつつ、夏喰らいどもを適切に追い立ててやると言う俺の計画だけでは守り切れんかもしれん。斥候の類を大量に放ち、なおかつパラカレ城砦を預けているワバルロートが即座に状況を把握できる連絡体制の構築。ティリンス侯にも配下はいたはずだが、残存兵がいるならティリンス侯がやっていたやり方をパラカレのミーセオ兵に指導させたい。仕事が多過ぎるぞ、スコトスめ!
パラクレートス線はさて、どうするかね。変成術の権威たる俺達親子ならではの選択肢を含めて幾つかある。
「アステール、幾つか教えろ。パラクレートス線の内部を走っている導線の意味を知らん事には直してやれんぞ」
「難しくはない。パラクレートス線の修理自体は工兵にも可能な設計になっておる。南部アガソス兵の中でもティリンス侯爵領の兵にしか教えぬがの」
俺と父はアステールに幾つかの講釈を受け、寸断されたパラクレートス線の修理方法を決めた。邪魔な残骸の一部は俺が消滅させて空間を空けた。鏡の剣をアステールに持たせ、俺は西側から、アステールが持った鏡の剣からは父が東側から再建に取り掛かる。大地精によって破壊された箇所はすっぱりと切り落として捨て、無事な箇所から順次パラクレートス線を複製するのだ。
消費する魔力は繁殖した夏喰らいの一部を同化して賄った。子分のスライムにはより強い俺に触れられれば同化して来ようとする性質がある。俺が拒んでも弱いスライムはいずれ呑まれてしまう。俺の嫁探しが難しい理由でもある。産み落としたものが還って来るのは独特の感覚を伴う行為だが、俺にとっては不快ではない。
「必要だぞ、慣れろアステール。命を喰わないならアガシアが健在だった当時と同様には振舞えんだろうよ。大地精相手に相当消耗したのは解っている。貴様の尊厳だか意地とアガソスの国土はどちらが大事なのだ?」
「……アガソスだ」
見解の異なる者もいたがな。夏喰らいに同族と看做されて親しげに擦り寄られ、同化を受け入れた際のアステールは仮面に付与した認識欺瞞を強めて感情を明らかにしなかった。人間性とやらが強いと苦労するぞ、アステールよ。貴様の価値そのものでもあるがな。




