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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードと夏殺し
84/502

84. 第三使徒の勤め

「ミラーソード、旧アガソスの南部にあるティリンス地方は知っているか?」


 その日、俺はリンミの大君の館にあるミーセオ風の応接間で来客を迎えていた。女のような声を出しているのはアディケオの第二使徒スコトスだ。第三使徒の俺にとっては数少ない上位者だ。

 今日のスコトスは俺の腰に頭が届くほどの大きさで、赤と黄の斑模様の蛙の姿をしている。俺の向かいの座布団に座り、ゼリー状の蜂蜜菓子を水掻きの付いた手で大きな口へ放り込んでは貪り食らっている。スコトスの真の姿を俺は知らない。隠れる(きみ)の最愛を自称するスコトスの化ける姿は千通りもあると言う。


 暫し瞑目し、俺の中にいる旧アガソスの地理に詳しい者に問い掛ける。仮面の老騎士が簡潔に述べた知識を片目を開けた俺が口にする。


「ティリンス侯爵領はアガソス王族との血縁関係が深かった地方だと聞いたかな。

 広範囲で栽培する葡萄が特産品でワインの醸造所も際立って多かったはずだな?

 ミーセオの宣教師が対処可能だったので俺が行った事はなかったと思う」

「そう、そこだ。旧アガソスを切り取ろうとエムブレポの軍が駐留している」


 再び目を閉じ、頭の中で地図を引っ張り出して老騎士から地理について講釈を受ける。エムブレポは旧アガソスの南に隣接する密林の国だ。狂土エムブレポ。国家として擁護する属性は狂った中庸。双頭の狂魚神イクタス・バーナバを奉じている。

 狂神が気まぐれに与える恩寵により、エムブレポでは多眼や有麟の者が多く生まれて来ると言う。それほど文明的ではないが野蛮なりに生き延びて来ただけはあり、とにかく(いくさ)には強い。


 ミーセオの誘いに乗ってアガソスへ宣戦布告した国の一つだ。宣戦布告などせずとも日常的に境界侵犯しては泥棒を働いていたそうだがね。

 狂った中庸と言う属性は善と悪のどちらの振る舞いでも気紛れにやる為、物々交換にやって来る日もあれば、略奪目的でやって来る日もあり、守りが薄いと思えば物々交換せず略奪を働く日もあったのだと言う。

 旧アガソスが健在だった当時は堅牢なるティリンスと渾名された侯爵の家系がエムブレポとの広い境界線を巧みに守っていたが、もはや堅牢なる護国侯エピスタタはいない。俺が創造した属性転向毒で悪に堕ちた親族か何かの手で殺されたはずだ。


 エムブレポが強い理由は人口に対して魔法の使い手が出現する比率の高さだ。人口に対して実に5人に1人が魔術師か呪術師、或いは精霊徒としての資質を持つと言う。ミーセオ帝国一帯では魔術師の比率は人口500人に1人と言われているのに較べると凄まじい高さだ。

 但し、エムブレポの総人口はミーセオに較べると極度に少ない。収奪と部族間の戦いに明け暮れるエムブレピアンは短命なのだ。魔法の使い手が多いと言われると俺のリンミニア領で使う為に捕獲し、洗脳できまいかなと思った。扱い辛いぞ、と老騎士が箴言して来る。同時に俺にとっての危険性にも言及された。


 ……なるほどな。俺は両目を開いた。卒倒に耐えたのか、実際には卒倒から回復したのかは考えたくない。


「ティリンスを取られるのは好ましくないのではないか。

 エムブレポに譲るよりはミーセオの統治下に置きたかろう」

「そうだ。できるかミラーソード」

「大将首を獲れと言うなら俺向きだがね。戦況について詳しく聞いても?」


 蜂蜜と苦味と酸味のある柑橘を混ぜ合わせて攪拌し氷を加えた果汁を吸い上げる。手下には冬なのに寒々しいと言われるが、灰色の紋様がある両肩を剥き出しにした衣装を着ている俺には今更だ。


「ミーセオ駐留軍が劣勢だ」

「……対多数の虐殺だと俺向きではないぞ。可能だが、葬儀の手配が要る」


 スコトスは果汁を一杯呑んだ。杯毎大口の中へ放り込み、先端を丸めた舌で掴んだ杯を返して来た。化け蛙の正しい茶の作法など俺は知らぬが、スコトスは目上である。新しい杯に果汁を注いでやった。俺の特製レシピの混合果汁だが、なかなか美味いと思うのだ。柑橘の他には桃も用意してあるぞ。変成術を得意とする俺に季節など関係ない。


「ミラーソードが数を殺してくれたら押し返すと思うが、その問題はあるか」

「こればっかりはどうもならんのでな」


 なるべく考えないようにはしつつ、慎重に己の思考を誘導する。目が泳ぐのだけはどうにもならないが……。対策もなしに軍ほどもいる兵隊の虐殺になど手を貸したら間違いなく俺にとっての惨劇が起こる。詠唱破棄(ノーキャスト)した恐怖除去を念の為に発動したが、発作は免れたようだ。

 ミーセオ軍の支援なあ。季節は既に冬だと言うのに、イクタス・バーナバの信奉者は戦をするのに季節を選ばないと言うのは本当なのだな。穏やかな四季の変化が豊かな恵みを約束していた旧アガソスとは違い、エムブレポは一年を通じて常夏なのだと言う。エムブレポの王族と契約して土地と結び付いたイクタス・バーナバによる恩寵だ。渋い顔をした俺にスコトスが説得を重ねて来る。


「南部ティリンス産は特に甘いワインが多い。ミラーソードが好みそうだ」

「なあスコトス、俺はイクタス・バーナバの信奉者が葡萄を栽培する気がせんぞ」

「イクタス・バーナバは作物と酒を奪い取る事はしても育てはしない」

「だが奪い取る力は与えている訳だ。飯を食わせてはいる」

「そうだ、ミラーソード。可能な限りミーセオの版図を広げて欲しい」


 南部までミーセオの勢力圏を押し戻さなければ甘いワインが飲めなくなると言うなら問題視はしよう。俺はこう見えても美食に関心が強い方なのだ。

 スコトスが使者として遣わされたと言う事は俺向きの話なのだろうがね。暗黒騎士ミラーソード向けの案件―――強大な敵を殺し切るだけの暴力が要る案件。派手にやって構わない性質のもの。隠密行動ならスコトスにやらせた方が確実に速い。


「支配を確立できる範囲ではないならエムブレポにくれてやるのも度量ではあろうがな。

 スコトス、押し返したい前線を指定してくれ。示されれば我らがアディケオの威信に賭けて殺せるだけは殺す」


 できない事は口にしない。俺が暗黒騎士の母から受け継いだ美徳だ。


「但し白昼に限るし、ミーセオ兵やらエムブレポ兵の亡骸なぞが野晒しで転がっている間は仕事にならん事は通達してくれるな?」


 何しろ俺には明確に、どうあってもできない事があるからだ。

 スコトスは知っている。俺の決定的な弱点を。あの忌まわしくおぞましい者どもに対する超重篤な恐怖症を。俺の魂を縛り上げる弱点さえなければ今直ぐにでも転移して行って辺り構わず殺して来るのだろうが、俺の場合は敵と味方の後始末をよく考える必要がある。そう、供養だとか葬儀だ。


「ミラーソードの要望は受け入れられる。

 冬季につきミーセオ軍が燃料の消費を嫌がるだろう点については支援が欲しい」

「燃料の心配など俺が解決してやるゆえ徹底的に焼き捨てるよう伝えろ」

「ミラーソードに受諾されたと伝えよう」


 炭が無限に湧く壺でも作るか? それとも聖火の油壺の小さなものでいいか? 新たに作る術具の術式について思案しつつ、俺はスコトスに通達された旧アガソス領内におけるミーセオ軍の支援指示を了承した。アディケオには借りが多いのでな。命じられた仕事に全力を尽くす意思はあった。




 黒い影へと潜るようにしてスコトスが去って行った後。


「仕事熱心よね、ミラー」


 スコトスとの会見の間はだんまりを決め込んでいた声を聞いた。俺が華美な鞘に収めて腰に佩く鏡の剣に宿る意思の声だ。俺は鏡もしくは父と呼んでいる。


「鏡よ、出征前に幾つか術具を仕立てなきゃならん。手を貸してくれるな?」

「はいはーい、大魔術師の鏡にお任せあれ。何が欲しいの?」

「ミーセオ軍が要求するだろう燃料の問題の解決、それと」


 老騎士は俺に警告してくれていた。エムブレポに多い精霊徒について。高位の精霊徒には何ができるのかを。


「精霊対策の術具が要るようだ」

「ああ、半透明やら透明なのいるもんね」

「言うなぁぁぁ!!」


 俺は我ながら情けない悲鳴を上げ、座布団の上で(うずくま)った。物理的な音声ではない鏡の声は耳を塞いでも聞こえるから性質が悪い!!


「あ、ごめん」


 軽い声が俺に詫びを言うが、ごめんで済んだら監察官は要るまいよ! 上司のスコトスがあれだけ配慮した言い回しをしていたと言うのに、どうして俺の父はこう無神経なのだ? わざとか、わざとなのか! 怯えながらも準備はしていた恐怖除去をどうにか行使し、平静を取り戻す。


 ―――リンミニア領の支配者にしてアディケオの第三使徒、暗黒騎士ミラーソードの弱点は超重篤な幽霊恐怖症だ。しかし困った事に発作を起こす対象はその種の死せる者だけではない。……極力口にしたくないし想像も避けたいが、鏡が言ったような者どもは全てダメだ。過去の例だと幻影と聖獣は俺に発作を起こさせた。亡者恐怖症ではないのだが、正直に言って退魔術で対処可能な亡者恐怖症だったなら十倍はマシだったと思う。

 俺はまだ精霊を見た事はないが、血肉を持たない種類もいるのだと知らされた俺はスコトスとの会見中に卒倒するかと思った。出征前から巨大な不安要素を抱え、俺は新たに作成すべき護符の術式について思案を巡らせた。

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