表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードの家族
83/502

83. 後日談 - 鏡の中

 リンミニア領の支配者、ミーセオの守護神アディケオの第三使徒たる暗黒騎士ミラーソードには三人の腹心と四人の四天王がいる。一人は重複しているので実際には総勢六名だ。俺のスライムとしての正体は四天王しか知らない。




 俺は診察の為にリンミニア魔術師団の兵舎へ出向いた。


「シャンディ、傷の経過はその後どうだ?」

「ミラーソード様に治療頂きましたので問題はございません」


 魔術師団を率いる魔女シャンディは男所帯の俺の家臣団の中にあっては希少な女性だ。いかんせん、シャンディ以外は全員が男の姿形をしている。邪視を封じる眼鏡の枠外を覗き見てシャンディの内臓を眺めたが、本人の自己申告に偽りはないように思う。腹心の健康に異常があれば変成術と治癒術を駆使して治癒してやる気はある。


「痛みが出るようなら言え。俺の母の一撃は凄まじく重いからな……」


 気絶させるだけならもう少しやりようがあったであろうに、俺の母は随分と腹心を手荒く扱ってくれたのだ。徒手の単発でさえシャンディの骨があらぬ方に歪み内臓もよろしくない事になっていた重さなのに、小細工なしなら数発は手を出せると言うのだから恐ろしい。俺やシャンディのような魔術師が母に戦槌で全力で殴られた日には間違いなく汚い染みになる。


「御心配なく、ミラーソード様」

「ならいいんだがな」


 手下の中に一人でも女性がいると言うのは良い事だと俺は思う。これから回る先には男しかいないと思えばあまり楽しくはないからな。次の訪問先は大君の館だ。




「ヤン・グァンは御苦労だったな。要らぬ心労を掛けたと思う」

「臣には勿体無きお言葉です」


 聖火教を率いる正しき悪の司教ヤン・グァンには今回、随分と助けられたと思う。灰色の紋様が浮かぶ両肩を晒す構造の絹服の寒々しさにはまだ慣れないが、気にしないよう努めて茶を勧める。片手を挙げて合図し、上級監察官の手で大君の館の庭内に用意させた三つの像を除幕させる。


「ヤン・グァン、面倒ついでにこれらの蛙地蔵を適切に祭ってやって欲しい。

 四体を製作して聖別したうちの三体をそなたに任せたい」


 ……俺は使徒として仕える神にでかい借りを作ってしまったのでな。七名のリンミニア領民の国葬を俺が主導して執り行った後、アディケオに捧げる蛙地蔵の製作に専念していた。水神アディケオから受けた水の恩寵を強力に付与した翡翠の蛙地蔵。統治者を擁護し治世を助ける守護神アディケオの統治の恩寵を宿した紅玉の蛙地蔵。そして第一の権能、不正の恩寵を世に広めるよう祈りを捧げた黒玉の蛙地蔵の三体だ。変成術を尽くして自然界には存在せぬ大きさの一塊の宝玉を創り出し、広域から吸収して回った魔素を惜しみなく籠めて俺はこれらの捧げ物を彫り上げた。


「俺は些か力を借り過ぎた。これらはアディケオへの信仰の証であり礼だ」

「大変結構な心映えと存じまする。

 その身の醜悪を覆い隠すアディケオは必ずやミラーソード様をお守り下さいましょう。供養についてはヤン・グァンが承ります」

「ヤン・グァンには任せられる。ダラルロートにも品評させ合格は貰った」


 これだけでは足りるまいが、俺なりに誠意を見せるべきであろうよ。但し俺は今回、解釈によってはアディケオを裏切るような行為もしているがね。




 大君の館の地下には存在そのものを知る者が少ない礼拝堂がある。たった一人のくすんだ白銀の老人が世話をする小さなものだ。


「アステール、俺から敬虔な信徒への礼品だ」


 分体が姿を変えた亡国の公爵アステールに俺は小箱を手渡した。礼拝堂の空の祭壇の前に立ち、箱から出すように促す。アディケオに捧げる蛙地蔵とは違い、こちらの像には特に属性や恩寵の魔力付与はない。祈りを捧げる者がいれば増幅するだけだ。既に地上への影響力を失った善神、美しくたおやかなるアガシアは俺から掛け離れ過ぎている。


「これを祀れば卿の信仰が疑われるのではないか?」

「さてな? 暗黒騎士ミラーソードとしてはアガシアがアディケオに屈した後、愛と美の恩寵を賜る為の先行投資だと考えている」

「無理に詭弁を言うものではない。あまりに自らを騙せば卿の母のようになる」

「俺としてもアレは勘弁だな。貴様への借りはなるべく減らしておきたいのだ、アステール。交わした約定を果たして欲しくば俺に力を貸せ」


 忠実である限りにおいて多少の慰めをくれてやろうから。

 アガシアの分霊たるアガシアの花を模した彫り物を祭壇に置き、アステールが何事か祈る。正にして善なる者の祈りを受け、彫り物は微弱ながら属性を帯びた。


「平時、一日のうちの一刻は貴様のものだ。残りの全てはダラルロートが預かる。

 アガシアに祈るのでも、趣味の盆栽の世話でも俺は関知せぬ」


 契印を守る王族を失い、契印を他神に奪われた神は地上への影響力を失う。しかしながら、神から振り撒かれる恩寵がなくとも祈る信徒がいるならば祈りは届くのだそうだ。アステールとの繋がりが特に深かったアガシアは囚われた今もまだ声を届けて来ると言う。作った借りの大きさと俺自身の打算もあり、アステールには分体の占有時間を一刻だけ与える事にした。俺にさえ逆らわぬならば何をしようとも構わない。


「正当なる戦いであるなら戦時には儂も呼んで欲しいものだ」

「考えておこう。時間が終わったら上に来い。ダラルロートに交代させる」


 アディケオの使徒らはいい顔をすまいがな。俺が大儀式を執り行って製作した認識欺瞞の仮面により、アステールをアガシアの第一使徒だったアステールとして認識できる者は殆どいない。四天王としては仮面の老騎士と呼ばれているが、人々には老騎士の正体を認識できない。俺からするとあからさまなんだがね。認識欺瞞とはそうしたものだ。




 三人の腹心の筆頭にして四天王の一角、リンミの大君ダラルロートからは随分と苦言を言われた。今もアステールから交代した大君の執務室で黒髪の中年男は俺に向かって不満顔だ。


「一日のうち一刻も老騎士殿に与える必要があるとは思えないのですがねえ」

「そうは言うがな。俺は作った借りに応える必要性を感じている。アステールはよくやってくれた。俺にアレは無理だった。宦官のそなたにも厳しかったのではないか」

「ミラーソード様の御意向であれば止むを得ませんがねえ」


 俺はスライムとしての肉を一部割き、力と意思を吹き込んだ分体を作れる。アステールとダラルロートは一つの分体を共有している。分体を増やすと俺自身の力が減じるし、分体も弱くなってしまう。弱いと言ってもそこいらの者よりはずっと強いがね。それで交代制な訳だ。四天王が一堂には揃わない理由でもある。


「まあ、そう不機嫌にならんでくれ。選ばせた蛙はやったろう」


 俺が四体作った蛙地蔵のうち、一体は方向性の違う作品だった。世話をしたい好きな一体を選んで良いとダラルロートに示せば迷いなく金の蛙地蔵を選んだ。金ぴかが好きなのではなく、籠めた恩寵に気付いたのだ。今も執務室に供物と共に鎮座している。


「美の恩寵が籠められた蛙地蔵など他の者の手には渡せませんからねえ……」

「いずれアディケオがアガシアを征服する日を祈念しての品だ」

「ミラー様の捧げ物はアディケオもお喜びになるでしょう」


 拒まれし異形アディケオとも呼ばれる俺の信奉神は化け物の元締めのようなものだ。捕らえた美の女神の完全なる征服を祈ってやるのは信徒として間違ってはいまい。


「執務を手伝う必要があるなら手伝うぞ」

「ミラーソード様には執務よりも街の拡張事業への御助力を賜りたいですな」

「外壁か。設計図はできているのか? 魔力は何日分ほど要る?」


 ダラルロートが言っているのは外壁の作成作業の事だ。街を拡張し、より多くの人口を抱えたいならば必須だと言われてな。俺はリンミの階級制度から転落した者と罪人の命を喰らって生きている。より多くの人口を抱えれば俺が喰える命の総数も増えるという訳だ。

 手当たり次第に喰い殺さないのは俺なりの規律と言うべきかな。飢えさせずそれなりに大事に扱い、殖やした命を少しだけ刈り取るのが俺のやり方だ。

 国葬を執り行った案件は俺としては非常に不本意だった。母は俺の決めた規律を尊重しちゃくれねえ、と理解してしまったら途端に言いなりになるのがアホらしくなった。俺は俺なりに、ミラーソード様と呼んで慕ってくれるリンミニアンを愛してはいたようだ。俺の顔さえしていれば従順に言う事を聞いてしまうと言う問題点は追々に解決したい。




 四天王の残り二人は、二人で一組と言うべき存在だ。夫婦だからな。大君の館の中にある俺の私室に戻ったが、出迎えの声がしない。二人きりにする時間を取ると約束したので、今日は鏡の剣を私室に置いていた。


「二人とも取り込み中か? なら別に構わんが」

「あ、いいよいいよ。おかえりミラー」


 華美な鞘に収まったままの鏡の剣が飛来し、俺の腰に括った帯革に納まる。柄には飾りが二つ括り付けてある。ミーセオの翡翠でできた蛙の玉飾りと、腐敗を寄せ付けない聖金と青石で作った玉飾りだ。鞘から抜剣し、鏡の剣の刀身を覗き込む。


「母よ、気は休まったか? 父の住まいには変なものしかなかろう?」


 あると認識して覗いてみれば、鏡の剣の中には尖った巻き貝めいた奇妙な造形の父の住まいがある。その隣には兵舎めいて無骨な概観ながら貴族の屋敷ほどの大きさはある母の住まい。

 俺はいわゆる偽勅によって母に課された腐敗の邪神の命令『神子(みこ)とその子を監督し、可能なら異界へ連れ帰れ』を取り消すか変更しようとしたが、俺が力の源泉として扱える人格らの助力を得て四対一で上位者として制圧を試みても母はちっとやそっとでは受け入れなかった。

 結局、俺達の妥協点はこうなった。母は父と同じ鏡の中で暮らしても良いと。アステールの発議に父は嫌がった。愛し合う夫婦なら同居するものだと言葉を尽くして説得し切ったアステールの功績は大きい。父に対して母がやや譲歩した結果として父も折れ、鏡の中には父と母の住まいが建った。今の母が従っている命令は『外敵から(つがい)と子を護れ』だ。ノモスケファーラの遣いなんぞを処刑目的で送り込まれたのだ、説得力はあろう?


「だが、これがいる」

「変なものとは何だい、ミラー。僕の住まいは快適だったろう」


 鏡の中の世界は遠く、二人の表情までは俺には見えない。欺きで得た平穏かも知れんが、俺は両親の為にアディケオへの借りくらいは払ってやるつもりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ