80. 4日目 - 俺、レベル2。
4日目の朝まで泣き暮らしながら俺は今の自分、レベル2の魔術師ミラーソードが鏡の剣の中から扱える術をどうにか四つだけ見つけ出した。理力術の理力弾、元素術の招水、占術の自己鑑定、治癒術の治癒。どれもこれも最底辺の下級術だ。レベル4の状態でなら扱えた持続治癒さえも準備できなかったし、そもそも同時に準備できる術式が二つしかない事に俺は泣きながら笑うしかなかった。
俺は招水と治癒を準備術式として選択し、外界に意識を向ける。ガン、ガン、ガン、と鉄の剣で磔台を破壊しようとしている音が聞こえていたのだが、止んだからだ。鉄の剣と言ったが要は俺の宿る鏡の剣だ。《非破壊》の魔力回路を刻んだ鉄の剣だからな、どう扱おうとも壊れるものではない。
どんなに繊細で高度な術式を刻まれた術具であろうとも、《非破壊》なり《耐久力》を刻まれていない術具は物理的に破壊できてしまう。父はどちらも刻まなかったらしく、分体の母は磔台と魔法陣の一部を破壊して本体の母を救い出してしまった。俺の母はどうしてこうも強いのだろう。
「ああ、これで自由か。御苦労」
「さて、神子を襲撃して想いを遂げるか?」
「我が子に妨害されるのではないか? 同意させていない現状では不安要素だ」
「説得したかったが朝に至るまで応答なしであったな」
二人の母が早速に襲撃計画など立てようとしているのを見て、俺はだんまりを決め込んだ。俺は喋れない訳でも喋りたくない訳でもない。喋る利点が見当たらないから黙っているのだ。決して、そうとも決して母が怖くて恐ろしいからだけじゃない。
「「ミラー」」
すまん、訂正する。俺の母さん怖い。深い響きのある声で俺の名を揃って呼ぶのだけでも止めて欲しい。
「私達は神子を説得しに向かいたいのだがな」
「協力するか否かだけでも意思表示をせよ。
沈黙を続けるならば否定と看做し、そなたはここへ打ち捨てて行く」
「水よ、水。アディケオの清水よ降り注げ。招水」
なるべく小さな声で口の中で呪文を唱え、鏡の外の母二人の頭上に小さな水塊を一つ出した。流石に母だ、異物の出現気配に直ちに反応して避けて見せた。意思表示すりゃいいんだろうが! やってやった、やってやったからな! 母を前にして術を使う緊張で気力を半ば使い果たした俺は、寝ていたスライムに再び突っ伏した。
「……これは意思表示と見てよいのだな」
「……水の元素術には違いないと思う。ミラーの術にしては弱いな」
「治癒の弱さから考えても相当に弱体化しているのだと思う」
「随分と負傷が重かったのはそのせいか。出血の影響はどうだ?」
「問題がない訳ではないが、私が二人いるのだ。神子を押さえたい」
「そうさな。私が二人いるのだから積極策を採るべきだ」
「それしか知らぬと言うべきか」
「違いない」
……笑いあう母二人の仲の良さは何なのだろう。戦友意識でもあるのか? 結局、母二人は烙印の片翼を使える本体の母は徒手のままで鏡の剣は分体が持った。分体は服を一応は着ているが、擬態に特別な防御力はない。あくまでも上っ面を衣服に見せ掛けて擬態しているだけだ。
二人はまず、入口の外で見張りをしていた六人のリンミニア兵と指揮官らしき騎士をその身から発した堕落の闘気だけで無力化した。相手が悪過ぎるとは言え、俺を守るべきリンミニア兵の弱さには頭を抱えた。母を目視する前から既に行動不能だったではないか。飢えた目で生贄を前にした母達が笑う。
「我が糧となる栄誉を与えてやろう」
「私も一つか二つ貰うとしよう」
磔にされて消耗していた本体の母はその場で食事を済ませた。本体が騎士を含めた五つ、分体が二つと命を啜り喰らう様を傍観しながら俺は鎮魂の祈りを唱えるばかりだった。俺が母の立場でも弱った状態で新鮮な餌に遭遇し、容易く無力化できたなら確実に喰っている。俺の血統は人食いスライムだ。俺に忠実なリンミニアンと、数の少ないリンミニア騎士を徒に損失させた事には責任を感じるがね……。これから起こる事を考えればまだ止めに入る訳には行かない。
手早く騎士服の上着などの衣服と幾つかの装備品を奪い取り、残骸は磔刑場の中へ放り込む。詰め所で見つけた清潔な布と水を使って身嗜みを整える手際の良さからも、母はこの手の仕事によほど慣れているのではないのかと疑わせた。
見張りを置いていたのにあんな物音に朝まで気付かないとはどう言う事だ、と周囲を見れば建物には幾つかの簡素な術式が刻まれているようだった。防音に人払い、そんな所だと思う。中の異常に気付かないなら見張りを置く意味などないではないか。父のやる事は本当に適当だな!
磔刑場が建っているのはリンミの街を囲む壁の外、山麓部寄りだった。陽光を受けて美しく輝くリンミ湖に接するリンミの街を眺め下ろし、非情の暗黒騎士二人が言う。
「直行でよいな」
「異議なし」
強過ぎる母が二人もいるのだ、間違いなく大君の館は制圧される。
問題はまともに戦おうとはしないであろう父に対して母二人がどんな策を打つかだ。暴力に暴力を掛け合わせた大暴力が何を仕出かすのか、俺はまだ知らなかった。




