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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードの家族
78/502

78. 4日目 - 聖獣セレスチャル グリフォン

 なるほど、こいつらは聖獣だ。

 恐慌状態の母が苦心して翼を操って打撃を加え、均衡を崩そうとしても槌は片方の獣にしか当たらない。負傷を蓄積すればと思っても治癒術を扱えるのは敵も同じ事だった。


「新たな血を以って失われた血に代えましょう。持続大治癒」

「その傷をノモスケファーラの名において癒しましょう。大治癒」


 二匹は相互に治癒術を施し、回復して再び母を処刑すべく向かって来るのだ。俺と母の火力は世辞にも高くない。埒が明かんぞ! 一撃で(くび)り殺さねば終わるまい。母の暗黒騎士としての全力なら当然できよう。もちろん父の魔術師としての全力でも。第一使徒の割には火力が然程高くなかったアステールでもいいだろう。

 ダラルロートにできないと言う可能性は全く想像もできない。あいつにできない事がシャンディの躾とアステールの全力攻撃を無防備に喰らって耐える以外にあると言うのなら、是非とも俺に教えて欲しい。とにかく、誰だって良かったのだ。


「絶えざる生命の恩恵を我が母に注ぐ。持続治癒」


 血を吐く思いで下級術を一つだけ搾り出す。魔力開放量的には下級術を一発しか使えないはずはないのだが、俺の中にはろくな魔法操作(メタマジック)技術がない! 術力が尽きる事はないにしてもこのままでは勝てない。獣二匹が俺の肉体の脳にでも嘴を突き入れ、引き摺り出して喰らってしまったならその時点で敗北だ。今の俺には損なわれた脳だろうが心臓だろうが、臓器を問わず瞬時に再生させられる最上級治癒術は扱えない。

 床に描かれた魔法陣に薄ぼんやりと照らされた磔刑場の中心で、母の流した血に塗れ黒々とした血を溜めた磔台が見える。俺の血は黒いのだ。それほど赤くはない。流した血を見られれば俺が見た目通りの種族でない事はすぐに露見する。これほど大量に出血した記憶など俺にはないがな。


「くそったれが」


 俺が攻撃に転じる余裕はない。俺の肉体の負傷度合いが思わしくない。下級術では癒し切れぬ深手がまだ残っている。単発なら単発で最上級術でなくとも良い、せめて上級術さえ扱えればと精神体の身で歯軋りする。


「生命の恩恵を我が母に注ぐ。治癒」


 母とは独立して動いているらしい烙印の両翼に理力術で強化を施すなり、母の肉体を理力術の鎧で防護するなり、俺が本来やるべき事はもっと多くあるのだ。もちろん、一撃で獣どもを縊り殺してやるのが最善手だが……。

 苛々した。俺はここまでの非力さを生まれて初めて味わった。これが非力さだと言うのなら憎むべき罪科そのものだ。己を強大化させるのに理由など要らぬ。非力でさえなければ良いのだと理解した。


「……ミラー、盾が砕ける」


 母の声に戦況の悪化を悟る。

 母の声の数瞬後。烙印の灰色の盾が獣の体当たりに耐え切れず、罅割れて砕け散った。耐久力に限界があったのか、あれは。母の肉体を見れば右肩に灰色の紋様が浮かび上がった。すぐには再発動できそうにない。


「これで少しは嘴が深く通りましょうか」

「これで少しは爪が深く通りましょうか」


 二匹の獣が声を合わせ、左右からの連携攻撃の構えで飛翔する。畜生どもは狙いを母の頭部に絞っている!! まだ左肩から発現している灰色の烙印の槌は獣を叩き落そうとしたが、速さを捉え切れずに回避された。必殺の一撃を見舞おうと二匹の聖獣が母に迫った。半透明の爪で胴体を抉りながら、湾曲した嘴が母の眼へと突き入れられようとした。


「罰を」

「刑を」


 邪神の接触は一瞬の花火めいた閃きだった。治癒術に集中しようとしていた俺に邪神は囁いた。素材があると。

 俺は導かれるままに異能を振るった。母の作った血溜まりへ。恩寵を分け与えた黒い血が粘性を伴って立ち上がり、二匹の獣の首を素手で掴み取る。悲鳴が上がった。俺にとっても悪夢だが、聖獣にとっても悪夢だっただろう。堕ちた聖騎士が二人に増えたのだから。


「言ったろう」


 まだはっきりとは母の特徴を持っていない黒い人型が嘲笑(あざわら)う。暗黒騎士の力を分け与えられた新たな分体だ。俺達の窮地を見かねたのか、邪神が精神体のまま異能を扱う方法を授けてくれた。俺に二体目の分体の作り方を教えてくれたんだ。


「戒めさえなければ遣いなど直ちに(くび)り殺すと」


 腐敗を帯びた手が聖獣の首を腐らせ、真新しい母はそのまま獣の首を捻り切った。肉も骨も存在しないかのように軽々と首を千切られた聖獣は磔刑場の床へ透けた肉体を激突させ、母の意のままに腐り落ちて汚泥と化した。


「……私はできぬ事は言わぬ、ミラー」


 磔にされたままの俺の本体、金銀混淆の髪をした母はそう言った。

 分体は黒々とした人型から形を変え、金の髪以外は俺とそっくりな姿になった。母の本来の姿形に。


 ……どうにかなったのはいい。いいんだが、俺よ。何故に母を二人にしたんだ。アステールでもダラルロートでも良かったじゃないか。


「「ミラー」」


 今や二人いる俺の母が同時に俺を呼ぶ声がした。

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