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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードの家族
73/502

73. 2日目 - 磔刑場

 結局、俺の鏡の剣暮らしの1日目は肉体に刻まれていた烙印が翼状に変わり、赤黒かった色が灰色になった以上の進展はなかった。母は望みを一言口にした後は頑として口を噤んだし、父は怒って魔法陣の中に母を封じるとシャンディらを連れて出て行った。俺は母の腰に佩かれたままだったから母が何か言うのではないのかと恐ろしい心地を味わったが、吊るされた母は沈黙を守った。


 翌日、母を幽閉する為の建物をシャンディ率いる魔術師団を動員して完成させたらしい父がやって来て転移で運ばれた。屋根があり、大きな魔法陣の中心に鎖で囚人を繋ぐ磔台が一つだけある殺風景な建物だ。当然のように母を磔にする手際の良さに、父は普段鏡の中で何をしていたのか息子として気にはなった。


「さあ、心機一転して2日目の予定消化と行こうじゃないの」


 紫の長衣を着る父は何冊かの本のようなものを持って母の前に立っている。じろりと何もない虚空を睨み、黒っぽい木材で造られた書見台のようなものと椅子を創造した。


神子(みこ)よ」


 母が口を開く。あれだけ痛め付けられたはずの母の語気は一晩で回復したかのように平静さを感じさせる。母の強さに俺はむしろ気が滅入った。まさか10日後もこの調子じゃあるまいな? 橙色の果汁を産み出す混ぜ棒を大きなジョッキのようなものの中で回しながら陰鬱に思う。俺の母はちと精神的に頑丈過ぎる。


「何よ、悪霊」


 悪霊呼ばわりに母の表情が歪む。たった一言でも超重篤な幽霊恐怖症が刺激され、肉体なり精神に苦痛を感じているのだ。俺にはとてもよく解る。両肩から生えた灰色の翼のような烙印も苦痛を訴えてか歪む。


「脅しでは私は折れぬ」

「ほー。まだ2日目の朝だと言うのに強気じゃねえか悪霊め」

「そなたが私から搾り出せる言葉はもうない」

「もう全部ゲロったってか。引っぺがす手段がないとでも思ってるの?」

「……あるかもしれぬし、ないかもしれぬ」


 できない事を口にする性格ではないと思うのだ。母が屈さないと言うなら本当に一年でも屈してくれそうにないのが憂鬱だ。できれば今日中にでも屈してくれないだろうか。痛め付けられる俺の肉体に入った母を見るのは辛いが、怖過ぎて鏡の剣から出て行く事も母が内側へ退く為の経路を開ける事もできない。今開けたら俺は母の手で恐ろしい目に遭う。


「まあいいや。昨日散々飲ませたけど、今日の御飯は別にあげないとね」


 水筒のようなものを腰から手に取り、父が中身を筒の蓋に注ぐ。絶えざる大釜から湧く白いスープだ。母の目は父の差し出す筒の蓋ではなく、父の目を見ているようだ。


「ほら、お飲み」

「そなたは何故、烙印の清めなどできる」


 筒の蓋に満たされた液体には口を付けようとしない。淡々とした口調の中に不満を感じさせる声だ。肩の翼めいた烙印が動き、父に触れようとして弾かれる。


「大魔術師だぞ。穢れのみを力の源にはしていない。

 ただの対抗魔法(カウンターマジック)だよ、あんなもん」


 そんな訳あるか、と息子にして弟子としては突っ込みたい。対抗魔法(カウンターマジック)魔法操作(メタマジック)の一種ではあるが、習得している術なり血の力に対する対抗知識とでも呼ぶべきものだ。習得していない術には対抗できないし、習得していても更なる魔法学の知識が必要だ。理屈の上では誰にでもできるが、現実には誰にでもできる訳ではないのが対抗魔法(カウンターマジック)だと思う。ヤン・グァンが父は使徒ではないのかと探りを入れていたのは、あんな真似ができる魔術師は普通いないからだろう。俺にもできまい。烙印に対する知識が足りない。


「物欲しそうな目で見るならさっさと飲んでくれない」

「……そなたの血の匂いがしない」


 昨日、母が浴びせられ、飲まされていた銀のスープには父が混ぜ物をしていた。母が血だと言うのは混ぜ物の事だろうな。鏡の中の父の住まいでスライムの上に寝そべり、橙色の果汁を吸いながら両親を眺める。俺、本当に鏡の外に出たくないぞ。飢えを感じさせる目で父を見る母の間に立ちたくない。


「必要ないから混ぜていない。苦しかったろうに、気に入ったの?」


 母はそうだともそうではないとも言わない。ただ、苦しげに首を横に振った。父が焦れた様子でスープを口に含み、不満げに母を睨む。表情に乏しい母の白い顔に感情の揺れが見え、背丈の足りない父が僅かばかり宙に浮き上がって口付けた。喰らい付くようにして啜り上げる母の目は鏡の中から見ていても痛々しかった。母が磔にされていなければもう少しは穏やかな情景だったのではないか。


「手間ばかり掛けさせやがって。始めるからな、せいぜい震えろ」


 不機嫌そうに創造した布切れで口許を拭い、水筒に蓋をした父が書見台に座る。父が開いた本は民話の類を集めたもののようだが……。


「むかしむかし、一人の騎士がお供を連れて、山道を歩いていました」


 真面目腐った顔で父が朗読を始めた。何だ? 何をする気なんだ今日は。


「とても暑い日だったので、騎士もお供も全身汗だくです。

 暑いなと言いつつしばらく行くと、峠に一軒の店がありました。

 店の看板には『涼み袋あります』と書かれておりました。

 騎士は興味を持ち、涼み袋とは何か主人に訊ねました。答えて曰く

 『はい、こちらの袋には生けるものの命を啜り喰らう悪霊が封じてあるのです』と」

「うぁ、あぁ……!」


 ……なあ。何だこの趣向。

 何だよ涼み袋って。幽霊恐怖症抜きでも物騒だと思うのは俺だけかね。

 悲鳴を上げる母の姿を見るのがとても居た堪れない。俺とても幽霊恐怖症を課せられた状態なら悲鳴を上げるのは間違いないし、むしろ母よりも更に酷い醜態を晒す自信がある。


「ほう、そうか! それは面白い、土産に買おうと騎士は七袋買いました」

「ぐっ……」


 七袋買った時点で母には追い討ちが入ったようだ。俺には解る、幽霊の数が多いと言われるだけで本当に辛いのだ。


「その日の晩はとても暑かったので、騎士は一袋使ってみました。

 解き放たれた悪霊はお礼にと騎士の命を少々啜り喰らい、ひんやりとした涼感をプレゼントしつつ部屋に一晩留まってくれました。騎士は大喜びでぐっすりと快眠しました」

「あぁぁぁぁ!!」


 悲鳴を上げる母の気持ちが解るだけに辛い。何だよこの国。俺は絶対に行かないからな。


「一方その頃、お供は大部屋で雑魚寝をしておりました。

 個室の騎士よりもお供の部屋はたいそう蒸暑く、汗臭さも六倍です」


 母の身体が六倍の下りでびくりと震えた。ああ、騎士は七袋買って一袋使って今六倍と言う単語だものな。展開を予測してしまって震えが来たのだろう。息子の俺には母の気持ちが痛いほど解る。


「お供はあまりの暑さに耐え切れず、涼み袋を開けてしまいました。

 這い出て来た薄くぼんやりと光って透ける亡霊は言いました。

 『おう、お兄さん。この部屋は他にも人がいらっしゃる。

  どうですか、他の袋も開けて一緒にひと涼み行きませんか』と」


 悲鳴を堪えていられる母は本当に強いと思う。俺ならここまでの話の展開で最低でも二回は卒倒している。


「おお、それはいい考えだとお供は頷き、一つずつ袋を開けました。

 ある袋からはデスレイスが飛び出して客の一人をたちまち殺しました。

 ある袋からは美しい長い髪を持つ透けた魔女が現れて袋に引き擦り込みました」

「うわあああ!!」


 あ、辛いわこれ。何が出て来るか全く読めないのが辛い。母の上げた高い悲鳴に遣る瀬無くなる。


「ある袋からはカロンが髑髏めいた透け透けの顔を出し、冥府への片道切符を押し売りして客を三人連れ去りました。

 お供はとても喜びました『おお、他の客がいなくなって涼しくなったわい』と」

「……!」


 これは父の創作なんだよな? 嘘八百なんだろう? そうだと言ってくれ。身を震わせて耐える母の姿から俺は強さしか感じない。幽霊恐怖症を俺に押し付けられていながらどうしてここまで耐えられるのか。


「翌朝、お供と騎士は言いました。『いや、涼み袋はいい買い物だった』と

 騎士が買った涼み袋はまだ二つあります。

 国許へ持ち帰られた涼み袋に封じられていた悪霊の話はまた別の物語です」

「……ぅ……」

「ちゃんちゃん、と」


 ろくでもない話を読み終えたらしい父があくまでも真面目腐った顔で言い、次の頁を開く。


「この調子であと五十篇くらいは昼までに読み上げようと思うの。

 僕も疲れるから休憩を一刻貰うけど、その間はシャンディが朗読するよ」


 父は言った事を半分は実行した。昼過ぎにシャンディが読んだ後はヤン・グァンが引き継いで説教集のようなものを読み上げていた。ヤン・グァンが選んだ話はお化けが出て来る物ではあったが、登場頻度が低い為か母にはまだ余力があったように思う。午前の父が創作としか思えない酷い内容の話を適当にぶち上げていた間が本当に辛そうだった。

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