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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードの家族
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69. 1日目 - インストラクション 超重篤な幽霊恐怖症とは

 やあ、俺の名前はミラーソード。刀身に鏡面処理を施した鉄の剣に《非破壊》の魔力回路を刻み、柄には銀の宝珠(オーブ)を嵌め込んだ鏡の剣に宿る意思だ。信仰は専ら異界より訪れた名のない腐敗の邪神を奉じているが、その身の醜悪を覆い隠すアディケオ或いは治水の君アディケオと呼ばれるミーセオ帝国の守護神に仕える第三使徒でもある。


神子(みこ)よ、それを私に見せるのを止めよ!」


 今、俺は少々華美な鞘に収められ、悲鳴を上げて(うずくま)りながらも気丈に叫ぶ暗黒騎士の腰に佩かれている。金銀混淆の頭髪と青い瞳をしたバシレイアンの青年で、バシレイアンとしては二十代後半に見えているそうだ。バシレイア神国の主要構成種族バシレイアンは顔の彫りが深く、規律神ノモスケファーラがもたらす剛力の恩寵により男性には筋肉質な個体が多いと聞いた。仕立ての良い絹の服に帯剣一つの身軽な身形をしているが、ミーセオの大君ダラルロートが統治する湖の街リンミを中心としたリンミニア領の真の支配者―――の肉体だ。いやあ、本来なら俺の肉体なんだわ。ちなみに人型なのは一種の擬態で、本性は人食いスライムだ。後で試験に出すぞ。


「やなこった。まずはインストラクションからだと言っただろう」


 にっこにこと大層気分良さそうに笑う紫の長衣を着た魔術師は一見して人種が判らない。声は中性的で男とも女とも付かない。男性としては少々小柄で、やや薄い褐色の入った女のように滑らかな肌。妖しい輝きを秘めた神秘的な銀色の長髪を狐の尾めいて揺らし、緑の瞳には明白な残忍さを湛えている。

 母が神子(みこ)と呼んでいるので、父の事は俺も神子(みこ)か父と呼ぶとしよう。言動は根本的に狂っているし気紛れでぺらぺらと嘘を話すが、大魔術師として縦横に操る魔術の実力だけは本物だ。俺は生後一年と少々なのだが、まだ父と俺よりも優れた魔術師を見た事がない。


 父も母も見た目は男であるが、そういう種族もあるものだと理解して欲しい。コラプション スライムと言うこの世界にとっての外来種だ。



 ……なんてな。いい感じに聞こえるようにまとめて見たが、ミラーソードさんの家族には実際にはもう少し生臭く(よこしま)(ただ)れた事情がある。だが、今の俺は気楽な夫婦喧嘩の傍観者だ。父と母が充分な相互理解を深めるまでは鏡の剣から一歩も出るつもりはないし、俺の肉体に幽閉した母の意識に逃げ場を与えるつもりもない。


 リンミの支配者としては中立にして中庸なるミラーソードと称しているが、真の属性は中立にして悪。正しい理由も狂った動機も必要なく、ただ気紛れのみで無慈悲になれる悪の申し子だ。

 母を幽閉する計画なんて昨日まで立てちゃいなかった。昨日までは俺を精神の深層から掴んで強力に支配していた母の意識に主導され、父を分体の中に幽閉する計画を立てていた。昼食後、ダラルロートから茶に誘われた時「あ、別案も行けるわ」と計画を思い付き実行した。

 策略と言うほどの事ではない。幾つか俺が身に着けている術具の効果を止めておくなどささやかな細工だ。父には事前に何も言っていなかったが、気付いてくれた結果として目出度く母を前にして勝ち誇っている。


「いいかあ? まずはオリエンテーションだと思って震えながら聞けよ。

 今日から十日間に渡って君に体験して貰うのは超重篤な幽霊恐怖症だ」


 インストラクションではなかったのか? 父は適当だ。

 輪廻の河で充分に洗われたと看做された魂は現世へと送られ、新たな命として生まれて来る。誕生の際、命は多かれ少なかれ神々の祝福を受けて生まれる。父のように特殊な生い立ちだと強大な神から馬鹿馬鹿しい量の恩寵を注がれ、超人的な武力なり魔力を持って誕生する……のだが、いい話ばかりではない。


「僕のように神直々に神子(みこ)として生み出された命は強い。

 魔術師としての僕は間違いなく強大だった―――幽霊恐怖症さえなければ」


 しみじみとした口調で父が言う。母は父の脇に控える半透明な人影に視線を釘付けにしたまま震えている。


「君に解るかい。昨日までの君には理解できなかっただろうね。

 『私に弱点などない』だっけ? 君の言い草を僕はしっかり覚えてるからな。

 こんにちは、この道の初学者よ。今日からの君は立派な弱点持ちだ」


 わざとらしく両手を広げ、父は母を歓迎してみせる。


「神の祝福はいいものばかりじゃない。狂神は恩寵と共に狂気を吹き込む。

 狂気を癒せば恩寵が失われる。幽霊恐怖症と言う狂気を逃れる術はなかった」


 だが、今の父は自由だ。力は留め、幽霊恐怖症からは自由の身。母の顎を掴んで引き寄せ、半透明の人影を見せ付ける。母が身体を強張らせ、口からは呻き声を漏らす。恐ろしいのだ、半透明なもの全てが。


「君には感謝もしていたよ。

 僕と共に次の世代を産む苗床となり、結果として僕の枷を外してくれた。

 祝福を受け継ぎながらもすくすくと育ったうちの子を内側から蝕んで、君自身の肉体として使おうだなんてやらかしてくれるまではな……」


 優しい声で恨み言を言う父を眺めつつ、俺は鏡の中を探検し始める。ここは本来は父の部屋で、俺はついさっき初めて来たのだ。


「一体何がしたいのかと思えば、邪神に魂をほぼ全て売り渡してまで僕に仕事をさせに来ただと? 君の事は勇敢で挑戦の気概に満ちた筋肉達磨の聖騎士だと思ってはいたが、そこまでの馬鹿だなんて思ってもみなかった」


 父が一方的に母を詰っているが、まあ事実ではある。母は母で邪神に命じられたばかりではない渇望があったようだがね。それは息子の俺が横槍を入れるのではなく、当人達が殺し合いでも何でもして解消すべき(わだかま)りだ。


「怖いだろう? 理由もなく恐ろしくて堪らないだろう?

 今の君はレベル20の暗黒騎士だ。人を恐れさせ、腐らせ、堕とす。腐敗と堕落の権能を持つ邪神の神力の導管としてはこの上なく適切な力を保持している。こう見えても素直なうちの子を内側から毒し、君に忠実で従順に振舞わせるなど子犬を躾けるに等しい難易度だっただろうさ」


 緑の瞳が怒りを滲ませる。父は父なりに俺の身を案じてくれていたようだが、あれで心地よくはあったのだよ。凍土めいて冷たい母の心に抱かれて地獄の熱を注がれるのはいい気分だった。


「そんな君でも無理なものは無理なのだよ。狂神直々に授けられた弱点には抗えない。レベルを無視し、あらゆる耐性を無視して君の精神に突き刺さって握り潰す。

 いいかい、君が見ているのはつまらない幻影だ。薄く透けているだけの(まぼろし)だ。何の戦闘能力もない。君以外に実害を被る者などこの世にただの一人としていまい」


 ただ、母は知らなかった。強者の命をまんまと啜り食らって育ったレベル25の俺の方が生物として上位の存在で、支配に身を委ねても常に意識があった事を。母に触れられぬ領域を隠していた事を。

 母が怯えているのは父の説明からすれば何の魔性(モンスター)でもない。ただの薄く透けた人影だ。母が持つ力からすれば怯えるなど全くの論外な影に過ぎない。それでも母は怯え、恐れ、僅かばかりの正気を振り絞って止めて欲しいと懇願する事しかできない。


「僕もたまには言った事をきっちりやるとしよう。今から十日間やる」

「……ミラー、止めさせろ!」


 珍しい事だ。いつもの父は適当で気紛れだと言うのに。

 母が俺に止めろと言って来ているが、母の立てていた計画のままだったら俺は父に殺される心配を本気でせねばならなかったからな。十日ならばよいのではないか? 困るのは分体を十日も父に占有されて執務ができないダラルロートくらいだ。積み上がった十日分の仕事如き、あの化け物なら一ヶ月もあれば処理するだろう。


 何も問題はない。俺は母の懇願を笑みを浮かべて受け流し、鏡の中の父の住まいで茶道具を探し当てた。

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