63. 邪神の烙印
生まれ変わった気分とはこの事だ。アステールには感謝しても良い。俺には充分な示唆をくれた。
「おーはよ、ミラー。……って、どうしたのこれ! 完全に事後よね!?」
「なんだ、今起きたのか鏡よ」
鏡が驚くのも無理はない。解っていた事だが洗礼から目覚めれば俺は全裸だったし、寝台も随分と酷い有様だ。魔術を振るって寝台を創り直し、堕落と腐敗の気配で淀み切った空気を清新な空気に取り替える。全く、朝までくれてやった肉体をどれだけ愉しんでくれたのか。服は作らず、平然と寝台の傍に佇むダラルロートを指差す。
「さあて、ダラルロート。解っているな」
「はい」
長い黒髪を整えた男の姿は見慣れたものだ。今朝は少々遊んでやる。
「魔法騎士に化けよ」
「ざっとこんなもんじゃろ。防御は儂が一番じゃろうて」
命令に応えてダラルロートが服毎姿を変えた。白銀の甲冑を着た初老の男だ。アステールにそっくりだが、目だけが黒い。快活だった“御老公”の雰囲気だ。
「ミラー、なにこれ?」
「そう驚くな。喰った事のある者に化けさせているだけだ」
「昨日までそんな事できなかったよね!?」
「それはそうだ。今日からできるようになった事だからな」
我ながら平然とのたまい、ダラルロートに命じてやる。姿は瞬時に変わる。
「堕ちた聖騎士に化けろ」
「使い方は間違っていない。私はアステールよりも攻撃的だろうな」
一見すると聖騎士風の俺にそっくりな男だが、目が黒い。話す言葉は母の声だ。鏡が耐え切れなかった様子で叫ぶ。
「……そんな!! 何させてるの、ミラー!!」
「遊んでるんだよ、鏡よ。自由に弄ばせた分は働いて貰う。なあ、ダラルロート?」
「御随意に。もはや分体はそなたの命には背かぬ。
洗礼によって腐敗と堕落の烙印を刻んだからな」
烙印と言うのは俺の肉体に浮き上がった痣の事だそうだ。左肩と右肩に刺青のような黒々とした痕跡が刻み込まれている。母の声で話されるのを現実に耳で聞くのがこの上なく愉しい。俺も命を喰らって大きく育った甲斐があると言うものだ。
「互いに呼ぶ名がないと言うのは不便なものだな、鏡よ?」
「そうだね。意識、あるんだ」
「我が子がそうと望む限りはな」
「……そう。じゃあ、お久し振り」
「久しい事だな」
父と母がそんな言葉を交わしている。父も愉しんでくれるといいがね? 俺からの親孝行と言うものだ。
「暫くそのままでいろ。鏡は話したい事があるんじゃないか」
「よかろう」
「……そうね」
父は少々怯んでいるようだが、なあに。すぐに慣れるさ。
母は常に態度が大きいのであまり一家団欒と言う雰囲気ではないが、不肖の息子がアガソスの作法で茶でも汲んで差し上げるとしよう。なあ、父に母よ?
「でもミラー、服は着よう?」
「……そうする」
適当なガウンを掴み、俺は朝食の用意と茶汲みをすべく寝室を後にした。




